交差点の中の袋小路
「堂々巡りを繰り返すこと」
これほど怖いことが、この世にあるだろうか?
この物語の主人公である北門晴彦は、その思いを嫌というほど味わうことになる。一度進んだ道をまた進む。しかも、それが自分の意志によるものではないのだ。時間の流れに逆行し、何かの共通点に導かれながら進む道に対し、
「本当にそれでいいのか?」
と、誰が問いただしてくれるだろうか。晴彦にとって進む道は、安息の道なのか、それとも修羅の道なのか、知っているのは晴彦本人、この道を通りすぎていった晴彦以外にいないのだ。
晴彦の運命を思うあまり、話が行ったり来たりしてしまうかも知れないが、そこはご容赦いただくとして、この話が晴彦の身だけに起こる話であることを、晴彦には申し訳ないが切に願って、お話を始めることにしよう。
第一章 再会
晴彦は、この春でやっと後輩が入社してくる社会人二年目に突入した。この一年間は大学時代の一年とは比較にならないほど濃い一年だったと思うが、まわりを見向きすることもないほどに一生懸命だったこともあって、想像よりも短い一年でもあった。
あっという間に過ぎてしまった一年だった証拠に、同期入社の連中が十人以上もいたのに、一年経った今まわりを見ると、すでに三人しか残っていなかった。就職した時に、
「結構、厳しい会社らしいぞ」
という話を聞かされたのを思い出した。
厳しさの内容は聞いていない。人によって同じ厳しさでも感じ方は違うからだ。
一年という月日が新入社員にとってどれほどの長さだったかということは、その時に感じた人でしか分からない。一年経ってしまった先輩では、分からないだろう。なぜなら、二年目の一年は、さらに違った一年なのだから……。
大学時代にも、
「人によって感じ方が違う」
という言葉を何度となく聞かされてきた。だが、その教訓を生かすこともなく就職してしまった晴彦は、就職したと同時に、この言葉を思い起こされることになる。
二年目の会社での毎日は、一年目とは違っていた。学生時代のように、春休みがあったり、始業式があるわけでもない。入社式はあっても、二年目の社員には関係なく、新入社員が、特別な教育を受けるだけだ、
――去年のことなのに、すでに感覚的に忘れている――
確かに、その日入社式の日だと思うと、思い出すことも少しはあったが、仕事の上での感覚は、かなり昔のことのような感覚だった。
晴彦が就職してきた時と、今年とでは少し社会的な事情も違っていた。
「一年で、こんなに変わるというのも珍しいな」
社会問題として、税のあり方が変わったこと、さらには、昨年、大きな会社がいくつも合併を重ねたことで、社会構造自体が変わってきたのだ。昨年よりも今年、さらに就職戦線は困難だったのではないだろうか。
――さぞや、優秀な社員が入ってきたことだろうな――
と思ったのだが。世間一般の厳しさと、この会社の人事とでは、少し感覚がずれているのかも知れない。
――どうしてこんなやつを?
と思うような新入社員もいたりする。
ただ、そんな中にも優秀な連中はいるものだ。彼らは英才教育を受けるべく、入社式が終わってからは、別行動だった。最初からの幹部候補生なのかも知れない。
他の連中は、昨年、晴彦が受けたのと同じような教育を受け、先輩のお話に耳を傾け、二日間の集中入社式を終えると、それぞれ配属先が発表され、散り散りに散っていったのである。
新入社員の頃を思い出そうとすると、どうしても、この季節のことだ。まだまだ何も分からないくせに、本人は、六月になる頃には、新入社員だという意識がなかった。甘い考えを、
「新入社員だから」
と言って、責任逃れをしようとする人もいるが、晴彦も感覚的にはそれに違いものがあった。それなのに、心の中で、
「新入社員じゃないんだ」
と、思ったのは、厳しさを自らに課すという厳しさの表れではない。自分でも分からない意識が働いているようだった。
昨年一緒に入社した人で妙に気が合う人がいる。その人は部署は違うが同じフロアなので、お互いにアイコンタクトが効くくらいの相手だということもあって、アフターファイブを、時々一緒に過ごしていた。
一年目はなかなか仕事の関係でたまにしか一緒に出掛けることができなかったが、一年目も年明けくらいから、仕事にも慣れてきたことで、仕事が終わる時間を合わせられるようになっていた。
彼の名前は近藤というが、近藤が知っている店に行くことが多かった。
近藤は営業の仕事をしていることもあって、お店はいくつか知っていた。ただ、同じ会社の人が来る店に立ち寄ることはなく、気軽に入れる店にしか行くことはなかった。
「営業で使う店と、プライベートの店とでは、使い分けているからな」
と言っていたが。まさしくその通り。
「俺は学生時代から、結構スナックとかにはよく行ってたんだ。今、営業で使っている店の中には、学生時代から知っている店もあって、学生時代の何が役に立ってくるか分からないよな」
と嘯いていたが、まさにその通りだ。そういう意味では、晴彦の学生時代を思い出すと、自分にもいくつかの常連としていた店があった。
だが、晴彦は決して、自分が常連にしている店を仕事で使おうとは思わない、なぜならプライベートと仕事は、自分の中で完全に分けていた。だから、晴彦にとってプライベートと仕事、どちらが重いかと言えば、プライベートだと、文句なしに答えるだろう。晴彦にとって公私混同という言葉は、私公混同だと言いたいのだ。
晴彦と近藤は、入社式の日に、隣りあわせになったのがきっかけで、話をするようになった。近藤は晴彦よりも二回りほど身体が大きく、いかにも体育会系の身体をしている。声も大きく、笑い声も豪快なので、誰が見ても、晴彦といれば主導権を握っているのは近藤だと思うだろう。
それに間違いはないが、会話が弾むのは、お互いに意見を言い合っている時、平等であるということだ。どちらかが主導権を握ってしまう会話であれば、話題性に膨らみはなく、先の知れた内容に終始し、気が付けば一人で喋りまくっただけの、あっという間の時間が過ぎてしまうことになることであろう。晴彦は近藤を尊敬しているが、会話では常に平等を心掛けている。それが友達としての関係を長持ちさせる秘訣だと、本能で感じているのだった。
晴彦は、本能を大切にする方だが、本能で動くというと、あまり聞こえがよくないかも知れないが、本能さえ機能しなければ、何も行動が取れないと思っているからだ。
近藤が連れて行ってくれたスナックは、こじんまりとした店構えで、かなり古くからあるのか、看板も少しくたびれているようだ。
普段は、そんな細かいところまで見ることはないのだが、気にしたこともないことが気になるほど、古ぼけて見えたのだろう。
「俺は、学生時代から七人の女性と付き合ったからな」
と、近藤は言った。
七人という人数が一般的に多いのか少ないのか、何とも言えないが、普通に考えると多いと思う、結構長い時期付き合っていた人もいるというから、中には重複して他の女性と付き合っていた期間もあるだろう、
そのことを近藤に指摘すると、