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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第四巻

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―似た者親子だ。
 粛宗は低い声で笑った。おかしくもないのに笑えるし、何故か涙まで出る。
 滑稽だ。本当に惚れた女にはもう何年も触れてすらいないのに、惚れてもいない女を惚れた女を守るために抱かねばならないとは。
―オクチョン。
 粛宗は心の中で愛する女に呼びかけた。
 おかしなものだ。オクチョンの悪い噂は絶えることなく、彼の耳に入ってくる。怒りにまかせて女官の頬を打つなど、最近は珍しくないとさえいう。
 それでも、まだ粛宗はオクチョンを心のどこかで信じていた。いや、信じたがっていた。
 オクチョン、俺は、そなたのどんな噂を聞いても、まだ、どこかでそなたを想っている。本当のそなたは俺たちが知り合った少女の頃の優しいそなたではないか。そう信じている。
 何故なんだろうな、左相は、はったりばかりの男だが、あの男の言い分の中にも真実はある。それは、オクチョン、俺とそなたが並々ならぬ縁で繋がっているということだ。
 セリョンのこと、前王妃のこと、オクチョンはすべて拘わっている。あらぬ嫉妬に駆られ、セリョンに堕胎薬を呑ませて二度と子を産めぬ身体にし、前王妃に無実の罪を着せて追い出した。
 これだけの悪事を知れば、普通なら愛想も尽き果てようし嫌いになれるだろうのに、俺はそなたを嫌いになれない。突き放せない。
 その応えは、粛宗自身がよく判っていた。
 何故なら、オクチョンは彼自身の魂の片割れだから。彼とオクチョンは出会うべくして出逢い、恋に落ち結ばれた。
―おばあさま(大王大妃)の言われていたとおり、俺とオクチョンはきっと前世からの深い縁があるのだろう。
 彼にとって、チャン・オクチョンは生涯でただ一人の女だった。はるか前に亡くなった仁敬王妃、彼自身が追放した前王妃、更には自らの意思で寵愛しているセリョン。皆それぞれに情を抱いている。
 けれども、彼にとって心から求めるのはいまだにオクチョン一人だった。仮にオクチョンが粛宗の心の真実を知れば、彼女の長い葛藤も終わっただろう。オクチョンが心底から欲しがり、手に入れたいと願っていたものは、実はこの時、既に彼女は手にしていたのだ。
 彼はこの頃、思うのだった。元々、自分の魂は一つで、この世に生まれてくる間際に二つに割れた。その欠けたもう一つの半分を持つのがオクチョンではないか、と。理屈ではない、心の奥深い部分で―彼のすべてがオクチョンを求めていた。
 どれだけオクチョンの悪い噂を聞いても、オクチョンへの想いが尽きることはなく、彼女を忘れようとしても忘れられない。
 そんな女を突き放せるはずもなかった。
 彼はク・ソッキの願いどおり、崔ファヨンを寝所に召すしかない。
 粛宗は力のない声で廊下に待機するホ内官を呼んだ。
「今宵、崔尚宮を寝所に呼ぶ。女官長にその旨を伝えてくれ」
 彼は事務的に用件だけ告げると、疲れ切った表情で肩を落とした。
 それは到底、愛妃と過ごす夜を待ちわびる王の顔ではなかった。ましてや、ホ内官は粛宗の心が崔尚宮にはないことを知っている。
 忠実なホ内官は立ち聞きなどといったことはしない。が、王の憔悴した様子から、扉内で左議政と王の間で交わされた会話の内容がどのようであったかを察した。
  
 その夜、ファヨンは王の寝所に伺候する支度に余念がなかった。妃が召される際の支度は正妃である中殿にせよ、側室にせよ、変わりはない。夕刻からの湯浴みに始まり、化粧と続く。
 前回、髪や膚に塗り込んだのは柑橘系の香油であった。ファヨン自身は爽やかな香りが気に入ったのだが、粛宗はもっと違う香りを好むのかもしれない。
 中殿は認めたくはないが、既に女の盛りを過ぎているとは思えないほど若々しく華やかな美貌だ。例えるなら咲き誇る大輪の薔薇といったところか。ファヨンは知らずオクチョンの年齢を感じさせない美貌を思い出し、女官に命じていた。
「浴槽には緋薔薇の花びらを、仕上げの香油も薔薇を頼む」
 大勢の女官に囲まれ、与えられた殿舎から大殿を目指す。先導する女官が足下を照らす雪洞が石畳に光の輪を描いている。ファヨンが脚を進める度、小さな光も移動する。
 今宵こそは、あの男の心を仕留めてやる。
 意気込みともつかぬ興奮がファヨンの心ばかりか身体をも駆り立て、身体はいつになく熱を帯びている。まだ抱かれてもいないのに、早くも素肌はほのかな熱を持ち始めていた。
 既に、王は寝所に入っていた。いつものように大きな寝台の傍らには小卓が並び、酒肴が整えられていた。しかし、粛宗は手を付けようともせず、ファヨンを寝台に押し倒した。
 二年前、初めて抱かれた夜はまだしも酒肴に少しだけでも手をつけたのに、これはどうしたことだろう。だが、ファヨンは良い方に理解しようとした。
 男が性急に事を急ぐのは待ちきれないからに決まっている。
 現に、粛宗はファヨンを荒々しく抱いた。前戯も何もあったものではない。押し倒したかと思えば引き裂くような性急さで夜着をはぎ取り、ひと息で彼女を刺し貫いた。
 女にすれば堪ったものではない。二年前に粛宗を受け入れたのが初めての経験だった。あのときは破瓜の痛みに涙するファヨンを労ってくれた男が、今や情け容赦もなく彼女の身体を蹂躙している。
 一度抱かれただけの身体はまだ、生娘と大差ない。その身体を男はぞんざいに扱った。荒々しく抱かれたのが嫌なのではない。行為は粗暴でも、そこに心があれば良かった。けれど、その夜の行為はまさに陵辱―といったものに近く、そこに女への情どころか労りさえ欠片ほどもなかったのだ。
 身体を無理に開かれる痛みは耐え難く、ファヨンは苦痛の呻き声を上げた。粛宗はファヨンの唇を荒々しく塞ぎ、挑むように何度も彼女を押さえつけ刺し貫いた。
 何度抱かれたのか。寝所に入るなり寝台に引きずりこまれ、明け方近くまで幾度も抱かれた。あれほど恋い焦がれ求めた男に抱かれたというのに、ファヨンの心は少しも満たされなかった。手荒に抱かれれば抱かれるほど、男の心を手に入れたいという飢餓感は募った。
 東の空が白々と夜明けの色に染まり始めた頃になって、漸く彼女は解放された。身も心も泥のように疲れ果てていた。そして、それは男の方も同じだった。あれほど何度もファヨンを抱いたというのに、少しも晴れやかでも満足そうでもない。
 とりわけファヨンを傷つけたのは、最後の行為が終わった直後、粛宗がすぐに夜着を着始めたときだった。
「殿下?」
 茫然と見上げるファヨンはまだ一糸纏わぬままの姿で、寝台に取り残されている。粛宗は彼女の方を見ようともせず、夜着を着ていた。
「これで最後だ」
 冷えた声音が降ってくる。そのひと言に、ファヨンは凍り付いた。
 言葉もない彼女に、冷酷な男はとどめを刺した。
「次はないと思え」
「何故ですか?」
 唇を戦慄かせた彼女に、粛宗は気のない声で言った。
「そなたがどれだけ人の心を読み操るすべを学んだかは知らぬが、一つ忘れている」
「―」
 ファヨンは黙り込む。粛宗が淡々と言った。