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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第四巻

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「南人の専横はこの頃、つとに眼に余るものがあります。まだ頑是無い世子さまの御前で妓生と乱交まがいの破廉恥なふるまいをする、ご即位前の世子さまを殿下とお呼びする―。確かに、これだけで南人に謀叛の兆しありと断ずるのは早計やもしれません。ただ、殿下、謀叛というのは発覚してから手を打っても遅いのではないでしょうか。後顧の憂いは断つ、厄の芽は早くに摘み取るべしと昔人(いにしえびと)も申しました。私めが言いたいのは、すべてが後手後手に回るのはよろしくないということです」
「南人を抑えるの何か妙案があると申すか」
「換局にございます」
 粛宗が眼を眇め、ソッキを見た。
「僭越ながら、臣ク・ソッキ、何代もの国王殿下にお仕えして参りました。この私から見れば、殿下はまだお若い。私はかねてから殿下が換局についてお考えになっているのを存じております」
「かつて、この特権を行使した王はいない。そなたは私にそれをせよと申すか、左相」
「殿下は仁顕王后さまを廃位されました。あの出来事により、西人に代わって南人が朝廷で我が者顔でのさばるようになったのです。あれこそ換局といえるもの、殿下は既に歴代国王殿下がなさらなかったことをなさっておいでです。時ここに至り、再び換局を行うのもこの際、致し方ないのではございませんか。多少の荒療治をせねば、瀕死の病人を治すことはできないものです。表面だけの対症療法では、一時しのぎにすぎません」
「そなたは、この国の政局を瀕死の病人だと申すのか」
「口が過ぎましたら、お許し下さい」
 ソッキは一礼し、更に粛宗を見据えた。
「ご無礼ついでに、もう一つ申し上げたいことがございます。先ほど、私は荒療治と申しましたが、ここが肝要です。殿下のご英断により換局という思い切った措置を取ったとする。されど、それだけでは膿んだ傷をすべて癒すのは難しいと存じますぞ」
「そなたは一体、私に何をせよと申すのだ」
 ソッキが声を落とした。
「仁顕王后さまの復位」
「―っ」
 粛宗が息を呑んだ。その整った顔が見る間に強ばる。
「愚かなことを申すな。王妃の座には既にオクチョンがいる。世子の母でもあるあの者を今更、どうするというのだ!」
「殿下の逆鱗に触れるのは承知で申し上げます。南人の専横はすべて今の中殿さまが根源の災厄です」
「だから、オクチョンを中殿の座から引きずり下ろせとそなたは申すか!」
 激高する王とは裏腹に、ソッキは静かに返した。
「殿下、私も中殿さまご自身に何の罪もなければ、このような惨いことは申しませぬ」
「―」
 粛宗が言葉を失った。
―この男、何かを知っている。
 次いで、ああと今更ながらに納得する。崔ファヨンは元々、ソッキの送り込んだ女だった。オクチョンが前王妃をありもしない罪で陥れたのをソッキが知っているのはむしろ当たり前ではないか。
 揺れる粛宗の心を見透かすかのように、ソッキはゆっくりと繰り返した。
「畏れながら前王妃さまは今や、その日に食するものにも困窮されておられるとか。前王妃さまご自身には何の罪科もないにも拘わらず、そのような不遇に追いやられ、前王妃さまを陥れた禧嬪張氏が我が物顔で王妃の座に居座っている。これは断じて許されぬ所業です、殿下」
 粛宗はハッと顔を上げた。この男は今、何と言った?
 彼は力ない声で言った。
「中殿を降格せよと?」
 ソッキはどこか重々しい様子で頷いた。
「仮にも世子さまの母君です。ゆえに、いきなり廃位というのも外聞が悪い。しかも、張氏の罪はいまだ明るみになってはいません。しかとした理由もなく廃位は難しいでしょう。ですから、まずは降格が妥当な処分かと思いますが」
 ああ、と、ソッキが思い出したように言った。
「話は変わりますが、我が娘はどうやら殿下のお気に召さぬようにございますな」
 突如として話題が変わり、粛宗はソッキの意をはかりかねた。
 ソッキは飄々と続ける。
「何故、ここに崔尚宮が出てくる?」
 訝しげに言うのに、ソッキは笑った。
「お若くお優しい殿下と異なり、私はこれでも気の短い爺でしてな。いや、老い先短いからこそ、余計に自分亡き後のことを色々と算段するものなのかもしれません。中殿さまの処遇についても、降格などと生温いことをせず、いっそ廃位というのもありだとは思うのです」
「それできぬ」
 粛宗は即答した。
「中殿は世子の母だ。息子の母親であり、私の唯一の子を産んだ女を廃位はしない」
 ソッキがまた笑った。
「男心とはげに厄介なものですな。それとも、殿下と中殿さまは切っても切れぬ深い縁(えにし)でもおありなのでしょうか。ここまで来ても、殿下はまだ中殿さまにご温情を示される、まあ、同じ男として、殿下の御心は理解できます。男は惚れた女にはどこまでも弱いもの」
 ソッキは低い声で笑い。ややあって、その面から笑いが消えた。
 現れたのは粛宗でさえゾッとするほど酷薄な政治家の顔だった。
「西人派の筆頭たる私が中殿さま廃位を唱えれば、いかに殿下とて風向きを変えられるのは難しい」
 粛宗が悔しげに言った。
「何か望みがありそうな顔だな」
「ご明察、畏れ入ります」
「何が条件だ」
 オクチョンと息子を守るためなら、この時、粛宗は何でもソッキの頼みを聞いてやるつもりであった。しかし。
 ソッキの言葉を聞いて、憮然とした。
「崔尚宮をどうかご寝所にお召し下さい」
「断る」
 ソッキが首を傾げた。
「我が娘のどこかお気に召しませんか?」
「気に入る気に入らぬの問題ではない。そのような話、政治の取引に使うものではなかろう」
「私は、そのようには思いません。殿下、あの者は西人派の命運を背負って殿下の後宮に入ったのです。であるからには、あの者には本来の役目を果たして貰わねばなりません。役に立たないと判れば、始末して別の者をまた新たに送り込むだけです」
 粛宗が言葉を失う。ややあってポツリと言った。
「前王妃を見限ったように、崔尚宮も切り捨てるのか」
「さようです。前王妃さまは流石に手を出すことはできませんが、あのような手駒、消すのは造作もないことです」
 言い切ったソッキに粛宗は怒鳴った。
「ふざけるな。あの者にも心がある、生命がある。役に立たぬ手駒だとて、生命を奪うなど私が許さん」
 ソッキがにこやかに笑んだ。
「お優しい殿下であれば、そのようにおっしゃって下さると思いました。娘は幸せ者です。されば、中殿さまの処遇と我が娘のこと、これで殿下にはご了解いただけたと思って、よろしいですね」
 ソッキが音もなく椅子から立ち上がった。
 挨拶もせずに堂々と出てゆくソッキの背を、粛宗は放心したように眺めていた。
 流石は義理とはいえ父娘だな。と、ほろ苦く笑う。かつて一度だけ崔ファヨンを寝所に召す前、ファヨンもオクチョンの罪を楯に交換条件を突きつけてきた。
 今また、ファヨンの養父である左議政がファヨンを抱けとオクチョンの処遇を条件に迫ってくる。しかも、心根は優しい粛宗の性格を知り尽くして、わざと粛宗の前で役立たずのファヨンを消すと言ったのだ、あの男は。
 まあ、実際、あの男であればファヨンを殺すことに躊躇いもしないだろうが、そう言えば王の心を動かせると判っているから、ああ言ったのだ。