短編集45(過去作品)
何よりもまわりの人たちにはできない特殊なことをしているという優越感に満たされている。
優越感が、その人を大きくするのであれば、自惚れや自己満足であっても、それはいいことだと思っている。自己満足という言葉はあまりいい意味で使われることはないが、俊介にはあまり悪い意味には感じない。むしろ、いいことだと思っている。
――自己満足すらできなくて、どうして本当の満足を感じることができるんだ――
あくまでもプロセスに過ぎない。しかし、プロセスが大切なこともあることを、その時に知った。
人との違い、優越感に浸ることが気持ちの余裕に繋がる。協調性を重んじている人とは違って自分独自の世界の形成に優越感を感じるのだ。
だが、寂しさもある。気持ちに余裕が出てくると、彼女がほしいと思うのも自然ではないだろうか。
最初は別に結婚までは考えていなかった。
――一緒にいて楽しければそれでいい――
と思っていた。年齢的にも早いと思っていたし、気持ちの余裕がない時には、考えられないことだったに違いない。
「彼女にしたい人と、結婚したい人とでは違うんだよね」
という話をよく聞くが、まさしくその通りである。ただ彼女がほしいという時は、若くて可愛い人ばかりを探していた。
元々性格重視の俊介だが、相手の顔を見て性格を判断していた。性格重視という人は、ほとんどがそうなのかも知れないが、やはり表情から感じる第一印象は大切である。
それだけに一目惚れも多かった。可愛いと思えば、玉砕覚悟で告白したこともあった。――早まって失敗しても次がある――
と思っていたし、出会いはいくらでもあると思っていた時期だ。
だが、年齢とともに、今度は出会いも少なくなっていった。大学時代をピークに、次第に出会いが少なくなっていく。仕事が忙しかったり、相手も働いていたりすると、男を見る目も肥えてきた。それだけに、俊介のように露骨に焦っているような態度は相手を警戒させるだけとなり、思うように恋愛に結びつけることができない。
俊介がこのことに気付いたのは、かなり経ってからだった。その頃には結婚という二文字がそろそろ頭を掠め始めた頃でもある。
仕事も充実してくると、他へ行く目にも余裕が出る。恋愛はいつでもしていたいと思っているが、もう焦ることのないことに気が付いた。一つ歯車が噛み合えばうまくいくこともあるのだ。
――自分を信じること――
まずはそれを心がけた。
年齢にあまりこだわらなくなると、自分の中に、
――甘えたい――
と思う気持ちがあることに気付いた。意外と女性に対して考えていることは、甘えたいことに通じているのかも知れない。甘えたい気持ちがあるからこそ、素直になれる自分を感じる。素直になることが大切なのに気付いただけでも、成長したと思ってもいいのではないだろうか。
そんな時、出会ったのが泰子だった。泰子は会社から帰る時にたまに寄る喫茶店で出会った女性で、今までの俊介の好みからは、少しかけ離れていた。
最初はそれほど意識していなかった。
――大人しい女性だな――
という程度で、目を合わせても笑顔があるわけではなく、どちらかというとオドオドしたように軽く頭を下げてくれる程度だった。
馴染みの喫茶店で一番お気に入りなのは、落ち着いた雰囲気になれるところだった。木目調の造りになっている店内に流れてくる音楽はクラシック。まさしく
――気持ちに余裕が持てる場所――
という言葉がピッタリの場所である。
泰子が気になり始めたのは、じっと表を見ている横顔に西日が当たっているのを見た時だったように思う。
目が茶色に光っていた。元々黒い瞳で見つめられるとドキッとする方だった俊介だが、
――茶色い目に初めてドキッとした――
と感じる自分を不思議に感じた。すると、
――その横顔がしばらく頭から離れない――
と感じるようになり、気になり始めたきっかけに変わっていったのだ。
同じくらいの年齢に見える。ほぼ間違いないと思ったが、女性の年齢ほど分かりにくいものはないと思っている俊介の感じた確信となったのは一体なんだろう。
初めて話をしたきっかけが何だったか、思い出せないが、最初に話した時にはハッキリと、
「まるで以前から知り合いだったような気がするよ」
と話していたように思う。すると彼女も少し上向き加減で、
「そうね。私も同じように感じるわ」
その言葉に嘘はないのは分かっているが、同じように思っている偶然に普通なら大袈裟に驚いているだろう。そこで大袈裟に驚くことのなかったところに自然な気持ちを感じ、本当に以前から知り合いだったという感覚がより一層深くなっていったのだ。
一緒にいればいるほど、気持ちに余裕ができる。これほどの思いを感じた女性は今までにはいなかった。
――一目惚れでもないのに、一目惚れと同じようなときめきがあり、さらに自然な感覚がある――
自然な感覚は出会いを予感していたのではないかと感じさせる。そう言われれば予感があったような気もするが、どこまであったのか、あとから考えても分からないことだ。
「男性は包まれたという思いが強いんでしょうね」
泰子が言った。
「どうして? それは女性の方じゃないの?」
というと、少し顔を赤らめながら、
「いいえ、女性は満たされたいって思うものなの」
なるべく平静を装うようにしているが、モジモジしているのが隠せないでいる。
――ああ、なるほど――
少し回りくどい言い方だが、露骨である。男性と女性との営みについてを語っているのだ。もし、顔を赤らめることなくモジモジとした態度がなければ分からなかっただろう。
――これは誘っているのかな――
と感じたが、その日は何もしなかった。手を出そうとすれば出せたのかも知れないが、――手を出せば嫌われていたに違いない――
という思いが次第に強くなっている。何か大きなトラウマがありそうだ。
そして、それから何度目かのデートで居酒屋に行った。その日は最初からそのつもりでいた俊介だった。知り合ってから数ヶ月。デートの回数からしてもそろそろだと思った。何よりも気に入られているという気持ちが確信に近くなってきたのが一番だろう。
前回のデートで唇を重ねていた。違和感なく重ねた唇は柔らかく、柑橘系の香りがほのかに漂っていて、とろけそうな時間を与えてくれた。
――時間が止まればいいのに――
と感じたが、泰子も同じことを感じていると思いたかった。
居酒屋を出て、手を引くように急いで歩いた。相手に考える時間を与えないようにするのは汚いかも知れないが、迷って悩む姿を見たくないと思ったからだ。
――入ってしまえば覚悟も決まるだろう――
という実に自分勝手で強引な考えだが、そうでもしないと、俊介自身の覚悟も鈍るような気がしたのだ。
部屋に入るまではそれほどのことはなかった。前にも一緒に入ったような錯覚があるくらいに違和感がなかったのだが、それでも小刻みに震えている泰子の身体を抱き寄せて唇を重ねると、覚悟を決めたのか、震えが止まった。
唇を塞いだまま、着ている服を脱がしに掛かる。
セーターを脱がして上半身があらわになると、唇を離し、彼女の身体を見た。
作品名:短編集45(過去作品) 作家名:森本晃次