表裏めぐり
二人の間の関係は、一緒に話をしている時は対等である。しかし、二人の間では力関係はしっかりと決まっていた。優位に立っているのは絶えずつかさの方だった。
小学生の頃は、つかさが晴美の家に遊びに行っていたという関係上、立場的には明らかに晴美の方が上だった。
しかし、立場だけで二人の関係を継続させるといずれ亀裂が生じる可能性があった。それをつかさの方で制御する形で、いつの間にか主導権をつかさが握ることが多くなった。これはきっとつかさの中にある本能がそうさせたのかも知れない。つかさにとって晴美の気持ちを思い図ることは難しいことではないが、あまり人の気持ちを詮索するということを良しとしないつかさはなるべく控えていた。それだけに本能の中では気持ちが正直に表現されて、無意識に相手に優位性を示すことで、相手にも違和感なく受け入れる余裕を与えることができたのかも知れない。それが二人が幼馴染としての仲を継続させることの一番の原因であり、少なくとも晴美の中で相手のことを親友だと思えるだけの気持ちにさせたのだった。
そんなつかさは、本を読むようになって、中学になって晴美に話した、
――作家の気持ちになって小説を書く――
ということを自覚するようになった。
つかさが春日博人の気持ちになって小説を読んでいたのと、晴美が春日博人の気持ちになって小説を読んでみたのとでは、少し違っていた。
あくまでもつかさが感じたのは、小説家の目で見るということだ。それ以上を思うと書けない自分に対して情けなさを感じるからだった。
しかし、晴美の場合は、自分も春日博人としての作家の目で小説を見るようになると、今度は自分で書いているような気持ちになった。
――私にも書けるんじゃないかしら?
と感じたのだ。
もちろん、小説を書くなどという大それたことはできるはずなどないというのが晴美の気持ちであり、その思いはつかさと同じだったが、それでも書けるように思うのは、一歩踏み出す気持ちがつかさにはなくて、晴美にはあるということを示しているのかも知れない。
それが晴美とつかさの決定的な性格の違いだった。
つかさは好奇心が旺盛で、とっかかりには自信を持っているが、最後の一歩を踏み出すだけの積極性に欠けている。
しかし、つかさの場合は、最初のきっかけを掴むことが苦手で、どこか食わず嫌いなところがあるのだが、いったん嵌ってしまったことには貪欲で、途端に積極性を発揮することができる性格だった。それだけに二人が長く親友でいられるのは、お互いに持っていない部分をそれぞれが補っていくことができたからではないかと、少なくともつかさは感じていた。
晴美は中学生になってから、春日博人の作品を好んで読むようになった。つかさと文章談義をしたことによって、さらに春日博人の作品に興味が湧いてきて、その内容に次第に嵌っていく自分を感じていた。
彼の作品は短編が多いのだが、そのほとんどが連作形式になっている。一つの話からいろいろ派生した内容になっているが、彼の手法として特徴的なものとして、
――パラレルワールド的な話――
が多く見られた。
パラレルワールドというと、SFやオカルトなどでよく聞かれるものだが、
「未来への可能性は無限にあって、一歩間違えると違う世界に入らないとも限らない」
と言われているようだった。
晴美はSFをあまり読まなかった。どちらかというとSFに関してはつかさの方がよく読み込んでいた。
ただ、つかさと話をしている時、よく出てくるワードがこのパラレルワールドだったのだ。
「パラレルワールドって、私は信じるんだけど、晴美はどうなの?」
「パラレルワールド?」
つかさに最初、その言葉を聞かされた時は、ピンとこなかった晴美だった。SFを読まない人には馴染みのない言葉で、晴美も例外ではなかった。
「ええ、SF小説とかを読んでいると、時々聞く言葉なのよ。要するに未来には無限の可能性があるということで、その一歩違う世界に入り込んだ話などがオカルトだったりするのよね」
「それは面白い話よね。私はオカルトって怖い話だって思っていたから、敬遠していたんだけど、SFに絡んだところがあると思うと、少し興味が出てきたわ」
「オカルトって、別にホラーや怪奇小説というわけではないんだから、怖い話ばかりじゃないの。元々オカルトというのは、都市伝説や昔から伝わっているその土地の話などを題材にすることが多くって、世間一般的ではないと思われているような話が多いのよ。そういう意味では晴美なんか興味を持ちそうな気がするんだけどな」
とつかさに言われた。
「どういうことなの?」
「晴美は、自分が人と同じではいやだって思っているでしょう? 人とつるむことも嫌だと思っている。それはきっと、自分と同じ気持ちや考え方の人はいないという考えが根底にあるからだって思うんだけど、それはそれでいいと思うのよね。まったく同じ考えの人なんているはずがないんだからね。そう思うと、私もあなたと同じようにオカルトには興味があるのよ」
とつかさが言った。
「確かにそうかも知れないわね」
「それに晴美の場合は、結構理屈っぽいところがあると思うの。悪い意味ではなくね」
「そうなのかしら?」
つかさが何を言いたいのか分からなかった。
「それはね、あなたの考え方の中に、『自分を納得させることのできないことが、他人にも納得させられるわけがない』と思っているからじゃないかって思うのよ」
「ええ、確かにその通りじゃないかしら? むしろその方がまともな考え方なんじゃないかって思うけど?」
「そうなのよ。冷静に考えれば晴美の考え方に間違いはないの。でもね、世間一般では、自分よりもまわりの人を思いやる方が優しい考え方だって思われているようなのよ。遠慮や親切をはき違えているんじゃないかって思うんだけどね」
「確かにその通りだわ。でも私もそのことについて深く考えたことはないのよ」
「それはそうでしょう。他の人もそのことを深く考えることはない。だから、晴美と意見が違っていると思ってっも、どこが違うのか分からない」
「ええ、私も他人とどうして考えが合わないのか分からなかった。意見の違いは人それぞれなのでいいんだけど、考えが合わないと、相手はあまりいい気がしないようで、どうして私の考えにいちいち訝しげな反応をするのか分からなかったの」
というと、
「晴美はそのことに気付いていたの?」
「ええ、皆気付いているんじゃないの? だから怪訝な反応をするんだって思っていたわ」
と自分が当然なんだと思いながら晴美は答えた。
「他の人はそのことをそんなにこだわることはないわ。そういう意味では晴美は人があまりこだわらないところにこだわるんだけど、他の人がこだわらないといけないと思っていることにこだわら兄から、まわりが怪訝に感じるのかも知れないわね」
と言われて、少し納得がいかないと思った。