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表裏めぐり

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 と言って、時々遊びに来ていた。
 だからと言って、毎日というわけにも行かず、時々遊びに来ていたのは、稀に一人になるのであれば、一人になった時の寂しさが半端ではないと思ったからだ。適度に寂しさを感じることで、寂しさに対して慣れを感じることができるからであろう。
 つかさは、一人になった時、祖母との日々を思い出すことが多かった。絵本を読んでくれたことが一番の思い出で、絵本を読んでもらうと、急に睡魔が襲ってくるのを思い出していた。したがって、絵本の記憶はおぼろげなはずなのに、一人になって祖母のことを思い出すと、絵本への記憶が鮮明になっているのを不思議に感じながらも、思い出す記憶に心地よさを感じていた。
 おとぎ話のような話が多かった絵本。マンガのような絵が描かれていたが、途中にところどころ読みやすい大きさで、字も書かれていた。その字がマンガとバランスが取れていたという記憶が強く、絵というよりもむしろその文字に興味をそそられたつかさだったのだ。
 しかも、その文字には色がついていて、強調したいところが赤文字で、しかも少し太い文字で書かれていたのだ。
 それを見ながら、祖母の声を思い出していた。
 祖母の話は、本に書かれている文字とは違ったものだった。
――どこからあの言葉が出てきたんだろう?
 と感じるもので、どうしてそう思ったのかというと、セリフがあまりにも絵と状況が合っていて、何ら違和感がなかったからだ。
 祖母にとって、それくらいの話を創作することは難しいことでもなんでもなかったのかも知れない。もちろん、話を知り尽くしているからできることであり、何と言っても、絵本には限りがあるので、数回に一回は同じ話を読んで聞かせているので、普通に暗記できて不思議はなかった。
 それでも幼児期のつかさには、
――おばあちゃんってすごい――
 と感じさせた。
「おばあちゃんは、どうしてそんなに上手にお話ができるの?」
 と聞いたことがあったが、その時の祖母の答えとして、
「そうね、いっぱい本を読んでいるからなのかも知れないわね。本を読むこということは想像力を豊かにしてくれて、とっても頭がよくなることなのよ」
 と言っていた。
 つかさにとって、想像力が豊かになるということは幼児の時期には難しくて理解できなかったが、その後のセリフとしての、
「とっても頭がよくなる」
 という言葉に反応した。
――本を読むことってすごいことなんだ――
 と素直に感じた。
 つかさは、小学生の三年生の頃までは、文章というのが嫌いだった。中学になって晴美と話をした時のように、どうしても先が気になってしまって、途中の情景や説明の文章などをかっ飛ばして、セリフだけを読み、結論を知りたいという逸る気持ちを抑えることができなかったのだ。
 ただ、つかさの母親も本を読むのが好きなようで、夜寝る前によくリビングで一人本を読んでいた。
 父親の仕事が遅くなって、帰宅を待っている時などは、テレビを見るよりも本を読んでいる時間の方が多かったくらいだ。そのせいもあってか、両親の部屋には、結構な数の文庫本が置いてあった。
 両親の部屋に入ることを別に止められたことのないつかさは、一人でいる時間を母親の部屋にある文庫本から適当なものを選んで読むことが増えていった。
 最初こそテレビを見る時間が多かったが、あまりつかさにとって楽しくない番組が多かったので、本を読む時間は貴重な気がした。
 ただ、最初は本を読んでいると、結構気が散ってしまうことに気が付いた。
――本を読む時って、まわりに静寂を作って読まないといけないんだわ――
 と思っていた。
 その理由は集中することが必要だったからだが、無理にでも静寂を作って集中しようと意識してしまうと、却ってまわりのちょっとしたことが気になってしまうものだ。
 水道の蛇口が少しでも緩んでいたら、そこから垂れる水の音だったり、風もないのに、なぜか靡いているカーテンのこすれるような音、普段ならまったく気にもしない音が気になってくるのは、集中しようと無理をしているからなのかも知れない。
 しかも、極度に集中しようと思った時は、自分の胸の鼓動まで聞こえてくる始末だった。
「ドックン、ドックン」
 自分でも信じられなかった。
 それでも、文章を読み込んでいくうちにいつの間にかまわりが気にならなくなってくるというもので、そうなってくると、時間の感覚もマヒしてくるくらいに集中していることが多かった。
「まだ、三十分くらいよね」
 と思って時計を見てみると、すでに二時間くらい過ぎているのにビックリすることも少なくはなかった。
「そろそろ寝ないと」
 という時間になっているので、そのまま睡魔に任せて眠りに就くのだが、この時の睡魔ほど気持ちのいいものはなかった。
 ただ、集中している時には気付かなかったが、
「もうこんな時間」
 と思った瞬間に、一気に睡魔が襲ってくる。
 それだけ集中している時間は、余分な力が自分に加わっていないからなのだろうが、そのことをハッキリと意識するようになるのは、もっと先になってからのことだった。
 そのうちに、晴美の家に遊びに行くことも少なくなっていた。
 晴美が最初に読んだ本は、ちょうどその頃文壇にデビュー仕立ての作家で、
「新進気鋭の作家」
 として注目を集めかけていた春日博人という人の作品だった。
 話としては、ライトノベルとしても読めるミステリータッチの作品で、子供のつかさには、入門編としてちょうどいいお話だった。
 その話は探偵が出てくるわけでもなく、殺人事件が起こるわけでもなく、実に限られた場所に集約された話だった。
 彼の作品は短編から中編が多く、その頃は分からなかったが、
「起承転結」
 という意味で、実に理路整然とした話になっていた。
「こんなに短い話の中にでも、起承転結のようにキチッとした区切りをつけた話を作ることができるのは、この春日博人という作家くらいのものなんじゃないかしら?」
 と、晴美と小説談義をした時につかさが言った言葉だったが、彼の作品を読んだことはあった晴美としても、
「まさしくその通りよね」
 と答えたのだった。
 つかさが小説を読むきっかけを与えてくれたのが母親であり、祖母だったのだが、読み始めてから継続させることができるようになったのは、この新進気鋭の作家として注目を浴び始めた春日博人だったのは間違いないだろう。
「春日先生の作品は、ミステリーだけではなく、ホラーやサスペンス、SFと多種多様な気がするんだけど、でもどこか一本筋が通ったものがあるから、理路整然と感じるんじゃないかしら?」
 と言ったのは、晴美だった。
 晴美も小説を読み始めた最初は、つかさと同じこの春日博人の作品だった。しかし、晴美はつかさとは違い、自分から率先して読み始めたわけではない。つかさに勧められたからだ。
 しかし、元々文章を読むのが苦手で、半分文章を毛嫌いしていた晴美にとって、本を一冊でも読破するというのは、かなりの難題には違いなかった。
 それでも読破することができたのは、つかさの理協力の強さを示していた。
作品名:表裏めぐり 作家名:森本晃次