表裏めぐり
「でも、そんな小説でもきっと読む人はたくさんいると思うのね。それはきっと、読者の中で、自分も同じような感覚に陥ったことがあるように思うからなのかも知れないって私は思うの。それは夢の中で感じたことなのかも知れないけど、元々夢というのは潜在意識が見せるものなので、感じたということには変わらないの。逆に夢で見たということは、それだけ潜在意識の中で印象的に感じられていることじゃないのかしらね」
「晴美さんの発想は面白いですね。実は私も少し違うけど同じ日を繰り返しているということで気になることがあるのよ」
「それはどういうことなんですか?」
「一日は二十四時間でしょう? そして一日をまたぐタイミングというのは午前零時ということになる。でもそれって誰が決めたことなんでしょうね? あくまでも人間社会のことであって、同じ日を繰り返しているとすれば、午前零時を回ってから急に二十四時間を遡るんでしょう? しょせんは限界のあることで、人間の発想の域を超えるものではないと思うの」
とつかさがいうと、
「なるほどですね。私も実は同じことを考えていたんですよ。午前零時が一日の境目だって誰が決めたのかってね」
という晴美に対して、
「さっきの夢の話もそうなんだけど、夢と同じ感覚で人間が作り出した妄想だとすると、そこには戦時意識が働いていると思うのよ。夢をいるというのは、誰もが認識していることなので、誰も疑ったりはしないけど、ひょっとすると同じ日を繰り返している人も中にはいて、誰にも言えずに悩んでいるのかも知れないわね」
とつかさは答えた。
「ということは、突然同じ日を繰り返し始めた人は、同じ日を繰り返し始めるまで一緒の時間を過ごしてきた人と、そこでお別れになるわけですよね。でも、翌日から急にその人がいなければ、おかしいと思うはずでしょう? でも、誰もいなくなるわけではない。それを思うと、その人は一日先の世界にも存在しているということになるのよね」
しかし、つかさは別の考え方も持っているようだった。
「それも考え方としてありなのかも知れないけど、私は逆に一日をまたいでその人がいないということを意識していないように思うの」
「どういうこと?」
「その人が一日をまたげなかった時点で、またいだ人たちの記憶の中から消去されてしまうという考え方ね」
というつかさの話に、晴美はゾッとするものを感じた。
「人の記憶から消えてしまうということ?」
「ええ、そう。奇抜な考えなのは分かっているけど、先の世界に存在しているという考えとあまり遜色ないように思えるの」
とつかさは言った。
「でもね、私の考え方は、SF小説などでよく書かれているものとしての『パラレルワールド』を彷彿させる考えではないかって思うの」
「パラレルワールドというと、今こうやっている次の瞬間には無限の可能性が広がっていて、その一つを縫うように生きている自分たちが決まった道を歩んでいるだけという考え方になるのかしら?」
「一概にはそう言い切れないと思うんだけど、無理のない発想だと思うの。そういう意味では、二十四時間を遡るというのも、一つのパラレルワールドの可能性として十分にありえるんじゃないかって思うんだけどね」
と晴美は言った。
実は、このパラレルワールドという考え方、晴美が好きな小説家である春日博人がよく使うカテゴリーであった。
――パラレルワールドというと、SFばかりを想像してしまうけど、それ以外のジャンルでもカテゴリーとしては使えるのかも知れないわ――
と、春日博人の作品を読みながら晴美は感じていた。
春日博人の作品を思い出してみると、同じ日を繰り返しているとはハッキリとは書いていないが、それを思わせるような登場人物が出てくる作品があった。
――人によっては、まったく気付かなかったり、別の印象を与えられるような発想を抱くかも知れないわ――
と感じた。
その時晴美の中で感じたものとして、サッチャー効果という言葉を思い出した。
一枚の絵があり、普通に見た印象と、上下逆さまにして見た時、まったく違うものが見えてくるというものである。錯覚という括りで捉えることができるのだろうが、そこにSFチックな印象を感じるのは、晴美だけではないかも知れない。
メビウスの輪にしても、同じ錯覚だと考えると、そこに結界という限界の存在を無視できないような気がしてきた。
――同じ日を繰り返している人の存在を認めるのなら、もう一人の自分の存在を認めないわけにもいかない――
こう思ったのが、さっき晴美の言った、
「その人は一日先の世界にも存在しているということになるのよね」
ということに繋がってくる。
――自分の前と後ろに鏡を置いて、永遠に写り続ける自分を見続けているようだわ――
と感じた。
このままいけば、そこから無限にいろいろな発想が生まれてくるように感じた晴美だったが、いったん考え始めると、そこから抜けられなくなってしまうのを感じた。
――袋小路――
そう思うと、かごの中で丸い輪の中を走り続けるハツカネズミを思い起こさせてしまった。
この思いも実は春日博人の小説の中で見たことで、サッチャー効果からの発想は、まさに春日博人の小説を模倣しているかのような発想だった。
――発想だけなら、別にかまわない――
それを文章にして作品にしてしまうと、オリジナルではないと思うので、それは晴美にとってのNGだった。
しかし、この抱いてしまった発想を誰にも言わないのは自分の中で消化することのできない内容なので、つかさに吐き出した。
その話を聞いてつかさは、
「なるほど、晴美の発想は、すでに自分の結界に凌駕されているような感覚になってしまったということね」
と言った。
「どういうことなの?」
「晴美は春日博人だけではなく、小説を読む時、自分が書くならどう書くだろうって想像しながら書いているように思うの。発想が止まらないのは、そのためなんだと思うわ。でも、それは春日博人という小説家の常とう手段なのかも知れないわね。マインドコントロールとまではいかないけど、影響がかなり強くなる。でも、あなたにはその影響を受け入れないための結界があって、その結界が自分の考えを凌駕しているんだって思いの。だから、春日博人の作品に陶酔しているんだけど、自分独自の考えも持つことができるんだって思うわ」
「それは褒め言葉?」
「どちらともいえないわね。ただ、それが晴美なのよ。自分で分かっておく必要はあると思うわ」
というつかさの言葉が印象的だった。
晴美はその時の話をここまで記憶している。その後会話をしたのだろうが、意識としては残っていない。瑞穂と話をしながら、つかさを思い出していたが、瑞穂との会話がぎこちなくなったというわけではない。まるでつかさのことを思い出している間、晴美の中で時間が止まってしまったかのようだった。
「私、小説を書いてみようと思うの」
と、晴美は瑞穂に話した。
もちろん、この気持ちを誰にも明かしたことはなかった。そもそも、晴美はすでに誰にも言わず、少しだけ小説の真似事のようなことをしていた。文章を書いてみては自分で打ち消している。