表裏めぐり
――ここまでくれば、看破されたというよりも、凌駕されているようにしか思えない――
とつかさは思った。
――このままなら、立場が逆転してしまうんじゃないかしら?
とまでつかさは感じたが、晴美にはそんな思いはサラサラなかった。
どちらかというと、
――ここで私がつかさに自分のことを話しておかないと、いずれはこのまま交わることのない平行線を描いてしまうことになる――
というのが、晴美の考えだった。
晴美の中では、つかさと今はお互いの距離が絶妙なことで関係もうまく行っているけど、そのうちにどちらかの吸引力に差が生まれて、引き合っている部分が錯覚を呼ぶことになるかも知れないと感じたのだ。
お互いに離れていくと、それぞれのことを分かっていると思っているだけに、離れたことでお互いに意識し合ってしまい、必要以上に意識することで、永遠に別れることができなくなってしまうように思えたのだ。
もちろん、ずっと別れたくはないという思いはあるが、結局は同じ人間ではないのだ。近い将来、必ずお互いに違う人生を歩み始めることになるだろう。その時に今のまま推移してしまうと、お互いが意識し合いすぎて、せっかくの相性が悪い方に影響してしまい、人生を狂わせることになるかも知れない。
お互いに好みも違えば、考え方も違う。ある意味、お互いに似たところなどまったくないといってもいいだろう。そういう意味でお互いが興味を持ち合い、惹かれて行ったというのが本当の二人のなれ初めだった。
晴美はやっとその頃になって気付き始めたのだが、つかさはまだ気付いていない。おそらくつかさの中で、晴美に対しての優越の気持ちが消えなければ、永久に分かるものではないに違いなかった。
そのことまで晴美は分かってきたようだった。この時点で、お互いの関係に対しての理解度は、完全に逆転していた。
つかさはそのことを怖いと思いながらも認めたくないという一心から、まだ自分に優位性があることを信じて疑わなかった。これが、お互いに意識を歪めることになり、偶然話をした、
「夢の共有」
という発想が、本当に事実として現れてくることになった。
――夢の共有なんて話をしたのは、ただの偶然だったと思っていたけど、ひょっとすると偶然なんかではなく、必然のことだったんじゃないかしら?
と後になって感じたのは晴美だった。
つかさもその後に同じことを感じるのだが、自分にまだ優位性があると思っていたので、晴美はまだそのことに気付いていないと思っていたようだ。そのため、実際に夢を共有したと思っているつかさの方から、この話題に触れることはなかった。
晴美の方も、優位性が自分にあると感じていたので、わざわざつかさに言うことではないと思った。このあたりから、二人の関係がギクシャクし始めたのかも知れない。
晴美が小説を書いてみようと思い始めたのは、高校三年生になってからだった。高校に入った頃は文章を書くのはもちろん、見るのも苦手だった。それなのに中学時代から春日博人の小説だけはよく読んでいた。
「彼の小説は結構難しいのに、どうして晴美はあれだけは読めるのかしらね」
とつかさは言っていたが、つかさの方も同じように文章を読むのが苦手なくせに、愛読できる作家がいたのだった。
その人は竹下かなえという作家で、短編を多く書いている人だった。
作風としてはホラーのようなミステリーのような、奇妙な話が多かった。元々はコミカルな小説を書いていたのだが、途中から急に作風が変わったようで、奇妙な話では第一人者と言われるようになった。
さらに彼女の文章は読んでいて飽きることはない。セリフだけを読み飛ばすことの多かったつかさや晴美にでも読める小説だろうとつかさは感じていた。
しかし晴美は春日博人の小説を愛読している。一度勧めたことがあったが、
「面白いとは思うけど、私には向かないわ」
と何を根拠にそう言ったのか分からなかったが、そう言ってアッサリと読むことを断られた。
――まあいいか――
とつかさも強要はしなかったが、逆に自分だけが読んでいると思うと、なぜか晴美に対しての優位性がよみがえってくるような気がしていた。
竹下かなえの小説を読んでいると、晴美と中学時代に話をしたことを思い出す。結構難しい話をしていたという意識がよみがえってきて、内容は小説とは結びつくものではないが、中学時代に何を考えて晴美と話をしていたのかを思い出すことができたのだ。
竹下かなえの小説の初期はコミカルなものが多いと言ったが、今では本屋にもその頃の小説は置いていない。
「竹下かなえ=コミカルな小説家」
というイメージでデビューしたはずなのに、今では、
「竹下かなえ=大人の小説を書く人」
というイメージが固まっていた。
最近ではライトのベルが主流で、難しい話やオカルト系の小説はあまり表に出てくることがないような気がしていたが、竹下かなえに関しては昔からの根強いファンがいて、結構長い間人気を博している作家でもあった。
だが、それも表に出ているわけではない。
「玄人好みの作家」
というランクの中ではいつもベストスリーには顔を出しているランカーだった。
彼女の小説は、奇妙な話ではあるが、そのほとんどが、
「普通のありきたりの生活を営んでいる人が、ある日突然不思議な世界の扉を開いてしまった」
というコンセプトの小説となっている。
サブカテゴリーが奇妙な話だとすれば、メインカテゴリーは恋愛であったりミステリーであったり、ホラーであったりと、多種にわたっての作品が目立っていた。
彼女の小説が大人の小説と言われるのは、そのところどころで描かれているエロさがあるからだ。その部分だけを取り出せば、
「これって官能小説なの?」
と思われるような部分がところどころに散りばめられている。
しかし、エロい部分も大人の目線だと考えると、小説の中に散りばめられたエッセンスのようなものだといえば、それが大人の香りを意味しているのだろう。彼女自身も、
「私の小説は誰もが、自分に当て嵌めて読めるといってもらえるようなものに仕上がっていれば最高ですね」
と、インタビューで答えていた。
つかさは彼女の描くエロさを、顔を紅潮させながら恥ずかしいと重いながら読んでいた。それは、つかさが本を読む時に、自分が主人公になりきっているような気持ちで読んでいるからだ。
だが、竹下かなえの小説は、いつもいつも自分を主人公に照らし合わせて読めるものではない。逆に違う立場でも読むことができる作風なので、つかさは読み漁ることができたのだろう。
彼女の小説の中に、つかさが気になっている小説があった。それは、自分と同じ人間が数分前にも存在しているという話だった。
主人公は高校生の女の子、彼女は小学生の頃に夢を見たのだが、その夢ではもう一人の自分が出てきて、じっと自分を見つめているという。そのもう一人の自分は自分が見られていることは知らない。こちらを見つめているだけで、なんらアクションを起こそうとはしないのだ。
実に不気味な感じだった。
――自分が自分を見つめている――