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表裏めぐり

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「限定と限界って、言葉はなんとなく似ているように感じるんだけど、それはまったく逆の立場から同じものを見ているように感じるのは私だけなのかしら?」
 とつかさがいうと、
「そんなことはないと思うわ。私はその発想に、『加算法と減算法』という発想が結びついた気がするもの」
「というと?」
「たとえばさっきの一対一なんだけど、ゼロからの加算法と、百からの減算法とではどっちが先に行き着くかということを考えると、どっちなんだろう? って思っちゃうのよね」
「晴美はどう思うの?」
「私は、加算法の方が早い気がするの。まわりに余計なものが何もない状態から積み重ねていくので、スピードは一定だと思うの。でも減算法だったら、途中までは一気に行くかも知れないけど、ある時点になると、途中で我に返ったようになって少しそこで停滞してしまう。そんな状態を少しずつ繰り返しながら近づいていくので、最終的には加算法の方が早いんじゃないかって思うのよ」
 と晴美は言った。
「そうね、それは私も減算法の方が遅いと思うんだけど、私は晴美とは少し発想が違っているわ」
 というと、
「将棋の盤があるでしょう?」
 いきなり話が飛躍した気がしたが、遠いところから結論を見出すのがうまい晴美の性格を分かっているので、つかさは黙って聞いていた。
「将棋盤で一番の隙のない布陣というのがどういう布陣なのかというと、一番最初に並べた時だっていうの。一手指すごとにそこに隙が生まれる。これこそが減算法なんじゃないかって思うの。隙を作りながらいかに相手を攻略するかというkとね」
 という晴美の意見に、
「攻撃力と防御力のすべてを百としたなら、攻撃力を増やすということは防御力を減らすということになると考えると、そのお話には信憑性を感じるわね。ただあくまでも攻撃力と防御力を百と考えた時ね」
 とつかさが答えた。
「そうなのよ。それこどが、相互関係に限界があるということなんじゃないかしら? これだって無意識に誰もが所有しているもので、本能だって思えなくもないでしょう?」
 と晴美が言った。
「なんとなく話が堂々巡りを繰り返していない?」
 つかさは何かを感じたようだが、それを決して相手に悟られようとはしない。
 それは自分の中での自信に今一つ結びついていないからで、信憑性のないことを公表しようと思わない感覚は、つかさの中で強い性格として根付いているようだった。
 浦島太郎のお話の中で感じた怖いと思うエピソードにしても、独特の発想を持っていた。こんな発想にまともに付き合ってくれる人はそうはいないとつかさ自身も感じていた。
――やっぱり晴美しかいないんだわ――
 と、晴美が親友だということを誇りにさえ感じているほどだった。
 晴美の方も同じようなことを考えていた。
 晴美はつかさに対して劣等感に近いものを感じていた。時々自分がどうやってもつかさには敵わないと思っているふしがあった。しかし、そのことを間違ってもつかさに悟られることがないようにしないといけないと思っている。なぜなら悟られてしまうと、その時点で嫌われてしまうのではないかと思っているからであった。
 だが、つかさにはそんな晴美の気持ちをすべてではないが分かっていた。分かっていて、敢えて知らないふりをしている。つかさの方としても、自分が悟っているということを晴美に悟られると、自分の方が嫌われると思っているからだ。
 つまり、二人とも相手に対して余計な気を遣っているのだが、そこにニアミスが生じている。それをうまい具合にすれ違っていることが、二人の間に信頼関係を生むことになり、いい関係を気付いているのだろう。
 それが露骨になってしまうことを二人は一番嫌っている。お互いに気を遣っているところをまわりに見せることほど醜い行為はないと二人はそれぞれに感じていた。
 たとえば、喫茶店などにおばさん連中が屯していることがあるが、まわりの迷惑を顧みずに大声でわめき散らしているような、どこにでもある光景のことである。
 ひとしきり大声で話すことに満足したのか、それとも飽きてきたのか、いよいよお開きという時のことである。
 レジに向かったおばさん連中は、それぞれに、
「今日は私が払うわよ」
「いいえ、奥様、そんなことはいけませんわ。私がお支払いします」
 と言って、そんなところで無意味な意地の張り合いをしているのを時々見かけることがあるが、これほど醜いものはないと思っている。
――どっちだっていいじゃない。今日は自分が払うから、次回はお願いねってどちらかが言えば済むことじゃない――
 と感じた。
 それができないのは、あくまでもその場での自分の優位性を示したいだけだ。おばさんたちに次回なんてない。それが相手だけに対してのことなのか、それともまわりにも感じさせたいという思うがあるからなのか、やはりまわりにもそう思わせたいという感覚になっているからだろう。
――要するに完璧ではないと嫌なんだわ――
 と感じた。
 この思いは晴美よりもつかさの方に多いかも知れない。なぜなら、つかさは子供の頃から一人が多かったからだ。確かに晴美の家に遊びに行って寂しい思いはしなかったが、下手をすると晴美に対して劣等感を抱いても仕方のない立場にあった。
 しかし、つかさは劣等感を感じることはなかった。それは自分が劣等感を感じてはいけないという思いが強かったというよりも、自尊心が自分で考えているよりも強かったからなのかも知れない。
 劣等感を凌駕できるほどの自尊心はなかなか持つことができない。自尊心が表に出るとロクなことにならないというのもよく言われることだが、劣等感を凌駕できる自尊心は悪いことではない。むしろその自尊心がその人の長所にもなるからだ。。
 自尊心というものを悪く言う人もいれば、発想を転換することによって、いい方に解釈する人もいる。
「長所と短所は紙一重」
 と言われることがある。
 人によっては長所が短所になってみたり、短所が長所になってみたりする。それは相手によって違うのだろうが、つかさにとっての自尊心はどうなのだろう?
 自尊心と気が強いというのは関連性があるのだろうか?
 晴美にはそのどちらも同じようなものに思えていた。しかし、つかさとすれば自尊心と気が強いというのは違っているように思えていた。少なくとも自尊心というのは、
――自分が納得できることに自信を持つことだ――
 と思っている。
 つかさは自尊心を長所だと思っている。そして気が強い部分も自分では分かっていたが、気の強さは短所だと思っている。
 長所と短所を考えた時、
「短所と直そうとするよりも、長所を伸ばそうとする方がポジティブに思える」
 と言っていたのも確か国語の先生ではなかったか。
 つかさは先生のことを尊敬していた。男性として好きだという感情はなかったが、少なくとも尊敬に値する人だという意識が強く、男性に対して初めて抱いた感覚だったが、恋愛感情ではないことは自覚していた。
 長所と短所を考えた時、思い浮かんできた発想が、加算法と減算法だった。
作品名:表裏めぐり 作家名:森本晃次