表裏めぐり
という数学の理論からであろうが、無限とゼロとが同意語であるという発想が本当であればという条件つきであろう。
つかさは時々自分の中で一つの仮説がいろいろ発展していって、無限ループになることに気付き、ハッとして我に返るが、この合わせ鏡の理論も無限ループと同じだと考えれば、必ずどこかに節目があって、無限に近づけないようにしていると考えれば、無限ではないという発想の方が、はるかに的を得ているように思えてくる。
つかさは、自分の発想が、そのまま想像力となって、その発想を文章にしないと気が済まないと思うようになっていた。
最初は小説とは無縁の発想をメモ程度に書いていたのだが、それがいつの間にか「ネタ帳」のようになり、誰にも見せない秘蔵のものとなった。
人に見られたくないという思いもあってか、走り書きがひどくなった。自分ですら後で見て、分かりにくい字を書いていた。
「最近、あなた字が汚くなったわね」
と言われることもあったが、
「パソコンを使って書くから、手書きはひどいものなのよ」
と、他の人も言いそうな言い訳をしていたが、本当のところは違っていた。
――私のSFやオカルト的な発想って、結構多岐にわたっていて、面白いものが多いわ――
と感じていた。
それも子供の頃に祖母に読んでもらったおとぎ話を考えているうちに、そんな発想になったのかも知れない。特に浦島太郎の話などは興味深く、それ以外のおとぎ話と一緒に考えることで、発想はいくらでも膨れ上がってきたのだ。他の人も浦島太郎の話にはいろいろ考えるところがあるだろうが、それだけを見ていてはできるはずのない発想を、他のおとぎ話をリンクさせることで達成したつかさは、自分が小説を書けるかも知れないと感じた最初のきっかけになったのだった。
浦島太郎の話などを子供の頃に聞いた時に感じたのは、
――何て怖い話なんだ――
というものだった。
普通の人なら、おじいさんになってしまったことを、最初に怖いと思うのだろうが、つかさの発想は違っていた。
そのことを晴美に話すと、
「そこ?」
と、苦笑いをされる。
まるで、ギャグではないかと思われたのではないだろうか。
「私が最初に感じた怖いと思った発想はね。浦島太郎がカメを助けるでしょう? その後にカメの背中に乗って竜宮城へ行くという話を聞いた時に、どうして息苦しくならなかったのかしらって思ったの。自分で想像してみると、息苦しくなっちゃって、それが怖く感じたのよ」
と話した。
苦笑いをして半分呆れていた晴美だったが、すぐに真顔になり、
「確かにそうよね。私も想像してみると、息苦しく感じられたわ」
と言って、真剣な顔になった。
「それこそが子供の発想なんだって私は思ったけど、私がおかしいのかしらね?」
とつかさが言うと、
「そんなことはないわ。何を感じるかというのはその人の自由、それを規制することはできない。だから、そのことについて他人がとやかくいうことはできない」
と晴美も言った。
「とやかくは言えないかも知れないけど、内心ではバカにしている人が多いんでしょうね」
「そうかも知れないわね。でも、それこそ滑稽というもので、自分に発想力がないということを自分から暴露しているようなものなんじゃないかしら? 私はそんな人には心の貧しさを感じるわ」
と晴美が言うと、
「確かにそうね。自分のことを分からない人に、感受性なんてあるはずないものね」
とつかさも応じた。
「おとぎ話をそうやって自分に置き換えて聞いていた子供がどれほどいるかというのも興味深いものよね。少なくとも私にはそんな発想はなかった。でも、今一緒に話している相手であるつかさにはその発想があった。つまりはここだけの話であれば、一対一なのでどちらが多いとは言えないのよ。でも、つかさのような人が少ないと考えるのはどうしてなのかしらね? 皆誰も口にしないけど、余計な発想は誰もしないというのが暗黙の了解のようになっているのかも知れないわね」
という晴美の話を聞いて、
「私は、それが人間なんじゃないかって思うの。本能という言葉で片づけられないものなのかも知れないけど、ずっと受け継がれてきたのは遺伝子によるものなんじゃないかしら?」」
「遺伝子という発想までくると、話が逸れてしまいそうな気がするけど、さっきの確率の話からすれば、つかさのその発想もまんざらでもないような気がするわ」
晴美はそう言って、また何かを考えているようだった。
「でも、どうしておとぎ話って、絵本になって、大人が子供にしてあげる話になってしまったのかしらね? 話としては格言的なものがあって、幼児教育にはふさわしいのかも知れないけど、大人になって読んでみれば、また違った発想が生まれてくるものだと思うの。大人になってからおとぎ話の話をする人なんて、なかなかいないでしょう」
「こうやって何かのきっかけでもなければ確かにないかも知れないわね。でも、大人になっておとぎ話をする時は、往々にして二つのパターンに分かれるんじゃないかしら?」
と晴美がいうので、
「どういうこと?」
とつかさが訊ねると、
「大人というのは、大人になるにしたがって、常識というものが身についてきていると思うでしょう。その常識というのは子供の頃の発想を打ち消すようなもので、次第に考えが限られてくる。つまり限定されていくということなんじゃないかって私は思うの」
と、晴美が言ったが、つかさは少し怪訝な表情になった。
つかさも晴美もお互いに普段は気を遣いながら話をしているので、相手の話に怪訝さを感じたとしても、あまり表情を変えなかったが、この時のつかさは明らかに怪訝な表情になった。
「うーん、私は少し違うかな?」
「というと?」
「私はね。今の晴美の発想の中にあった限定という言葉に引っかかったの。限定されるというと、まるで周りから制限されているかのように聞こえるでしょう? でも私の発想は違うの。限定されているんじゃなくって、自分から限界を感じているからなんじゃないかって思うのよ」
「限界を感じるって、無意識に?」
「ええ、そう。私もこうやって改まって話をしなければ、そんな限界を感じているなんて発想を思いつくことはないわ。でも、一度発想してしまうと、そこはすべてが自分の世界。誰何人たりともその人の発想を制限することなどできないというのが私の考えかな? だから制限されているわけではなく、無意識なのかも知れないけど、限界を感じているという思いに至ったのよね」
とつかさが言った。
「実は私も最初はつかさと同じ発想だったのよ。でも、浦島太郎の話を今つかさとしてね、さっきの怖いと思う発想をいまさらながらにカメの背中に乗って海に入って、竜宮城に行った時、どうして苦しくなかったのかっていう感じたのも、思い出して初めて感じることもあったような気がするの」
「つかさは、ひょっとしてそのことを私に話したのは、私に知ってもらいたいという発想とは別に自分の中で何かを確かめたいと感じたのかも知れないわね」
と晴美が言ったが、
――その通りかも知れない――
とつかさは感じた。