表裏めぐり
作家を目指している人がどれほどいるのか分からないが、かなりの人が毎日のように原稿を寄せてきているのは間違いないだろう。出版社主催のコンクールも行われていて、応募原稿の数が半端ではなく、有名出版社の新人賞応募とはケタ違いだった。それでもすべてに批評とランクをつけて返信しているのだから、かなりの人が重労働に動員されていることに間違いはないだろう。
さらに、ある出版社の中には多角経営として、自分たちの会社から出版した本を陳列し、そこをカフェのようにして経営しているところがあった。本を自由に喫茶で読むことができるというコンセプトだが、あまり流行っていなかったが、そこで執筆活動も自由だった。先生はそこで執筆に勤しんだという。
「どうせ作家になったり本を出すというのが、この制度では難しいと分かったんだから、せっかくだから利用するだけ利用させてもらおうと思ったのさ」
と言って笑っていた。
「そうですよ。恨みつらみを晴らせばいいんですよ」
とつかさは言った。
先生は苦笑いをしていたが、その表情には悟りのようなものがあり、余計なことを考えないようになったようだ。
そして、その時に気付いたのは、
「本を出すというのは、印刷代も紙代もいるし、印刷会社への支払いもいる。でもそれだけじゃないんだよ。一つは本を出せば本屋に置いてもらうという必要がある。毎日何十冊と新刊が発行されているのに、無名の作家の、しかも自費出版関係の出版社の本など、どこの本屋が置くというのだろう。万が一にも置かれたとしても、一日か二日で他の人の本を置くことになり、返品されるのがオチなんだよ」
「そうなんですね」
「それで本というのは、ロットが決まっていて、もちろん見積もりにもそれは書いているんだけどね、一千部とかの単位になるんだよ。ということは作るだけ作って、どこにも置くことができず、在庫として抱えることになる。そうなると、それなりの大きな倉庫も必要になるし、一度作った本を簡単に廃版にもできない。そうなると、倉庫代もバカにならないのさ」
「それでよくやっていけますよね?」
「やっていけないから、本を作りたいと思っている人をたくさん抱え込んで、本を作らせる。そうしないと即つぶれてしまうからね」
「それってまるで血を流しながら走っているようなものじゃないですか?」
「そうなんだよ。だから自転車操業だっていうんだ。走り続けないとそこで終わってしまう。しかし、走らせることはそのまま破滅を招くことにしかならないんだよ」
つかさはその言葉が印象的だった。
その後、出版社の一つは本を出した人から訴えられたらしい。
「本屋に一定期間置いているという約束だったのに、どこの本屋にも置いていない」
というのが理由だった。
そのうちに一人だったのが数人になり、集団訴訟のような形になって、出版社はあっけなく敗訴となる。
「これが彼らの末路でね。一社が倒産すれば、他の会社も連鎖的に倒産の憂き目を見ることになったんだ。結局は最後に一番大きなところが残ったというだけなんだけど、この話には続きがあってね」
「どういうことなんですか?」
「その生き残った出版社というのは、僕が最初に応募したところで、営業の人と喧嘩別れしたところだったんだ。でもそこが問題で、ネットの中で、他の出版社が瞑れたのは、この会社が裏で手をまわしたからだという話もあったんだ」
「まあ、じゃあリークしたということ?」
「そういうことになるね。独り勝ちを目指したんだろうけど、やはり僕の思った通り、やり方が汚いよね。でも、それでよく分かった。しょせんブームに乗っかって新しいことをしようとするとやっかみを招いたり、ブームの中で無理が通らなくなることがあり、それが露呈すると、ブームはあっという間に去ってしまうんじゃないかってね。今のネットでの小説サイトというのも一種のブームなのかも知れないけど、とりあえず無料ということで被害はないと思うんだ。ただ気になるのは一般公開するので、不特定多数の人が見るので、盗作などの問題が起こるかも知れないという懸念はあるけどね」
「そうですね。でも、先生は投稿しているんでしょう?」
「ああ、してるよ。僕はいまさら小説家への夢が残っているわけではない。ただ死ぬまでに一度でいいから本が出せれば幸せだなと思う程度なんだ。せっかく先生として頑張れるんだから、その中で小説を書くという趣味、いや、趣味以上プロ未満とでもいうべきか、この位置が心地よいと思っているんだよ」
「きっと先生はいい経験をしたんでしょうね」
とつかさがいうと、先生は少し考えたが、
「そうだね。そういうことにしておこう」
と言って、その話はそこで終わった。
つかさは、その話を思い出しながら、晴美のいう釘谷真由という作家の話を聞こうと思っていた。
「釘谷真由という作家ね。どうも私の身近にいるような気がするの」
と晴美が言った。
その言葉を聞いて、つかさはドキッとしたが、その様子を相手に悟られないようにしようと感じた。
晴美という女の子は、つかさが感じているよりも実際には勘のいい女の子で、相手のいうことからいろいろ想像して、意外とそのほとんどが的を得ていることが多かったりする。しかも、その様子を相手に悟られないようにするのもうまいので、つかさにはまだまだ晴美の分からないところがあるようだった。
これはつかさにも言えることで、晴美の知らないつかさが存在しているのは事実だった。ただ、それは晴美に限ったことではない。誰もつかさの本当の姿を知る人はいなかった。
「その釘谷真由という作家はどんな作家さんなの?」
とつかさが聞いた。
「私が最初に見たのは、ある無料投稿サイトだったんだけど、そこはランキングをつけていて、いつも上位にいたのよね」
と晴美が話し始めた。
「ええ」
「ジャンルはバラバラで、恋愛ものもあればサスペンスもある。ホラーやミステリーもあるんだけど、一貫しているところがどこかにあったのよ」
「どこにあったの?」
つかさは興味深げに聞いてみた。
「彼女の作品は、いつも舞台はこじんまりとしているのよ。最初は小さなところから徐々に広がっていくんだけど、最後もそれほど広がりを見せないような感覚ね。だから登場人物も少ないし、時系列もそんなに長くないのよ。でも、彼女はあくまでもフィクションにこだわっていると思ったのね」
「というと?」