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短編集44(過去作品)

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「あなたはそういう星の元に生まれているの。きっとお父さんもお母さんも同じようにうまく乗り切ってきたはずよ」
 そう言った時の弘子の目は確信に満ちて見えた。
 そこまでの視線を浴びせられると、ウソでも自信がつくというものである。
 病に倒れた時の父の表情を思い出した。
――あの時はやる気に満ちた父の顔を恨めしく思ったものだったが、いざ自分がその立場になるなど思いもしなかった――
 歴史は繰り返すというが、そこまで大袈裟でなくとも、あれだけ反発していた気持ちにいとも簡単に入っていくなんて信じられない。やはり彰浩には紛れもない父の血が流れているのだ。
 これは彰浩に限ったことではないだろうが、成長していく過程の中で、自分が親だと思っている人と、本当に血が繋がっているのか疑いたくなる時期がある。彰浩にしてもそうだったが、彼の場合は大きくなってからのことだった。
 父が死ぬ時に自分が父とは違う性格だと思ってはいたが、まさか血が繋がっていないのではないかなどという大それた考えを持ったりはしなかった。
 そんな父の七回忌がやってくる。
 父が死んだのは、ちょうど雪の積もった時だった。暖冬と言われた年で、田舎でも十二月になってやっと積もった雪だった。ちらほらはしていたが、本格的に積もるのは初めてだった。
「お父さん、雪が降るまで持たないかもね」
 母が電話で話していたのを聞いた。どうやら親戚に電話をしていたようで、もしもの時に備えての話だったようだ。その声は篭って聞こえ、空気が乾燥しているから、かろうじて聞こえてくるようなものだった。
 雪が降るまでって、確か天気予報では明日は雪……。
――それにしても、どうしてヒソヒソ声で話すんだろう――
 確かに大きな声で話す話題ではないが、あまりヒソヒソ声だと、まるで悪い相談でもしているように聞こえる。そういうところが大人の嫌なところなのではないかと感じる彰浩だった。
――どうして女性だと嫌らしく聞こえてしまうのだろう――
 男性がそういう話題を電話でしているところを想像できないからかも知れない。彰浩いとって大人の男性で一番身近なのは父であるが、父は決してそういう話をしない。するのであれば、子供に絶対聞かれないところでしているのだろうと思う。それくらいに父とヒソヒソ話は似合わないのだ。
 父がいよいよいけないと聞かされたのは翌朝だった。学校へ行こうとした彰浩を母親が呼び止める。
「彰浩、ちょっと待って、お話があるの」
 昨日の電話で予想はついていた。
――いよいよか――
 母親は昨日の電話をまさか彰浩が聞いていたなど夢にも思っていないだろう。それだけに、彰浩としては顔に出さないようにつとめた。
「お父さん、もうダメらしいの。あなたもそのつもりでいてちょうだい。学校へいきなり電話が行くかも知れないけど、先生にはお母さんから電話で説明しておきます」
 こういうことは、子供よりも大人同士の方が話しやすいのだろう。そして何よりも、病状を一番把握しているのが母である。その母がここは連絡するのが筋というものではないだろうか。
 母の声はやはり篭っていた。というよりも枯れているというべきか、普段聞いたことのないハスキーボイスだった。
 その日学校へ行ってから昼間くらいだっただろうか。父の病状が急変したと知らせがあった。すぐに病院へ行くと、すでに父は死んでしまった後で、顔に白い布が被せられていた。
 ゆっくりと歩み寄って白い布を取ってみる。まわりからはすすり泣く声が聞こえたが、それは親戚の人だったのは分かっていた。母もそばにいたのだが、最初から覚悟をしていたのか、こわばった表情をしているが、すすり泣くようなことはない。彰浩が白い布を取った時だけ、何かに怯えたかのように目を見張ったが、それも一瞬だった。偶然見たといっても過言ではない。
――こんなに真っ白になっちゃって――
 精も根も尽き果てると真っ白になるというが、血の気がなくなって、硬直してしまった姿を見ると、身震いするほどまわりの空気を冷たく感じる。じっと見ているだけで、生前の父を見たのがかなり前だったように思えて仕方がない。数ヶ月前まで話をしたり、一緒に出かけたりしていたのが、ウソのようだ。
 プロジェクト会議も無事に終わり、議事進行のうまさを皆に讃えられ照れていたが、落ち着くと気になるのが家の様子だった。
 時計を見るとそろそろ日が暮れる時間が迫ってきた。会社には法事のためと会議が終わり次第の早退を申し出ていたので、帰っても構わない状況にあった。
「すみません、ちょっと、今日は法事が……」
「おお、そうだったね。お疲れ様」
 部長に申し出ると、ニコニコしながら送り出してくれた。それだけ今日の成功は明るい見通しなのだ。
 表に出ると真っ暗だった。ネオンは相変わらずなのだが、いつもに比べて暗く感じるのは気のせいだろうか。
 会議室ではオーバーヘッドスクリーンでプレゼンを映し出すため、照明を落としっぱなしだった。しかし、スクリーンに映る資料の明るさに目は慣れているはずだったのだが、その時も暗く感じた。
 スクリーンにしても、表に出て見るネオンサインにしても、暗く見えるからだろうか、次第に遠ざかっていくように感じる。遠さかっているというよりも、小さくなっているという表現の方が適切かも知れない。
 頭痛がしてくるのを感じた。
 いつも持ち歩いているカバンの中には常備薬として頭痛薬を入れているが、水道を求めて会社の近くにある児童公園に入り、蛇口を捻る。
 口を蛇口に持っていくタイプで、手で掬う必要がないので楽だ。寒いせいもあってか、敏感に感じる冷たさが心地よい。
「そろそろ法事も始まっている頃だろうな」
 会社からは特急電車に乗れば一時間ほどで行くところだ。ゆっくり行っても九時前にはつけるだろう。田舎のことだから、七回忌でも盛大にやる。日にちが変わるくらいまでは賑やかなことは明らかだ。
――田舎の人って大らかというか、何かにつけて集まって騒ぎたいんだな――
 空を見上げながら思った。
 今日は満月だ。
 人間、いい加減なもので、月が出ていると思うとその途端に明るさが戻ってきたように思う。影がいつもよりクッキリと見えてきたのは、薬が効いたからだろうか。
――いやいや、飲んですぐに効くものか――
 とは思うが、何となく身体の力が抜けるのを感じて、耳なりが遠くから聞こえている。
 田舎にいた頃を思い出す。
 すぐに日が暮れてあたりが暗くなっていたが、月明かりは都会に比べて明るかった。歩いていて山の向こうに見える月に追いかけられるような妙な気分になった少年時代、大人になっても綺麗な月明かりを時々思い出すことがある。
 今日のような月を、
――お盆のような月――
 というのだろう。これほど綺麗な月を都会で見ることができるとは、それだけ気持ちは田舎に帰っているのかも知れない。
 今から思えば中学時代、遠くを見る時いつも同じ場所を見ていたような気がする。歩きながら横目で見つめる月のように……。
作品名:短編集44(過去作品) 作家名:森本晃次