短編集44(過去作品)
実家に帰るとすでに法事は終わっていた。通夜のように大広間を貸し切っての宴会はまさに田舎ならではだ。出来上がっている人もかなりいて、シラフでは入りにくい雰囲気がある。
母親を探したが、その中にはいない。父との思い出にでも浸っているのかと母の部屋まで行って声を掛けてみたが返事がなかった。
狭い庭ではあるが、こじんまりとしている佇まいが日本庭園を思わせる。月明かりに照らされて白く光っていて、クッキリと黒い影が根本から伸びている。
よく見るとそこに佇んでいるのは母だった。月を見るでもなく足元を見ていたと思った瞬間、月を見上げた。
その時の横顔の何と真っ白いこと、白粉でも塗ったかのようだ。そしてその顔に浮かんだ何とも言えない妖艶な表情は、前にも一度見たことがあった。
――そうだ、父が死んだ時だ――
葬式の時にも同じような表情を見て、前にも見たようなと感じたのを思い出した。母は父の死をどう思っているのだろう。
もちろん、本人に聞けるはずもなく、その気持ちは今まで持ち越してきたが、母のすぐ横で佇んでいるのが弘子だということに気付いた時は、身体が硬直してしまった。
血が逆流するとは、まさしくこのことだ。
弘子の同じような表情も見たことがある。
――そうだ、あれは秋絵が自分の前に姿を現さなくなった時だ――
自分が解放された安心感からあまり深く考えていなかったが、今から思えば気持ち悪い表情である。それが母に見た不気味な表情に似ていることに気付かなかったのは、月明かりではなかったからだ。
二人は彰浩にとってなくてはならない女性。そしてどちらが欠けても、自分の存在価値はもうないのかも知れない。
昨日、弘子が重大なことを彰浩に話したのだが、彰浩自身それほど気にしていない。まるで麻痺した感覚が身体にのしかかってくるのを押さえているようだ。
「私、妊娠しているかも?」
そんな大事なことをどうして漠然と聞くことができたのだろう。それは今目の前で繰り広げられている異様な光景に圧倒されるのが分かっているからかも知れない。
――この血が親子三代に渡って受け継がれていくんだ――
考えれば恐ろしいことだが、まだ感覚が麻痺しているのか現状を理解することができない。
空を見上げてみた。そこには一つのはずの月が二つあり、その後ろにもう一つ生まれようとしているのが見えてきた……。
( 完 )
作品名:短編集44(過去作品) 作家名:森本晃次