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二重構造

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 何と答えていいのか迷ってしまった。
 この男は「死の直前」と言ったが、本当は「死ぬまで」というのが、正確な言い方だと言いたかったが、出かかっている言葉を呑み込んでしまった。その代わり、「死の直前」
と言われたことに対して憤慨した気分になったことで、さらに、彼を睨みつけていたに違いない。
 その表情を見た香月という男は、またしても微笑んだ。この表情はさっきの笑みとは明らかに違っている。どこか余裕が感じられ、こちらを見下しているかのようにさえ見えた。
――私の様子から、何かを感じ取ったのかしら?
 と思ったが、余計なことを口にする気もなかった。
「あすなさんは、分かりやすい人だ」
 と香月は言った。
――やっぱり私の表情から精神状態を分析することができる人なんだわ――
 と、さらに警戒の殻を強固にしたが、
――でも、心の奥で何を考えているかまでは分からないはずよ――
 という思いもあった。
 それでも、ジャーナリストという海千山千の相手を見ると、思わず臆してしまう自分がこれからどういう態度を取っていいのか、迷っていた。
「高梨さんが亡くなってから二年が経つんですね」
「ええ、そうです」
「彼は、新宮大学の大学院で何かを研究していたようなんだけど、私はその研究を調べてみたんだけど、何を研究していたのか、さっぱり分からないんですよ。おかしなことに、彼が研究していたという事実すらないようで、これは彼の研究を受け継いだ人が、元々自分の研究だったということにして、何かを隠匿しているように思えて仕方がないんですよ」
 香月は鋭いところをついていた。
「どうしてそう思うんですか? 何よりもあなたに何の権利があって、彼の研究をいまさら探る必要があるというんですか?」
 あすなの言い方は、完全に挑戦的になっていた。
「まあまあ、そんなに興奮しないでください。もしそうだとしても、僕はそのことを記事にするつもりもないし、僕の本当に知りたいことではないからですね」
「どういうことなんですか?」
「僕が彼のことを調べてみたのは、彼が亡くなったということに疑問を感じたからなんですよ」
 あすなはその言葉を聞いて、ドキッとした。明らかに動揺したのが自分でも分かったので、相手にも当然分かったことだろう。
――不覚――
 あすなは思わず臍を噛んだ気持ちになった。
「彼は心臓麻痺なんですよ。警察でもそう言われましたし、検視でもそう伺いました。だから、解剖もされずに、普通に荼毘にふされたんです」
「それは分かっています。でもね、彼を荼毘にふした火葬場に聞いたことなんですが、彼の肉片の一部が燃え残っていたらしいんですよ。あれだけの高熱で燃やすんだから、本当なら骨しか残らないはずですよね。もっとも火葬場の人は、何かの見間違いだということで、誰にも言わなかったらしいんですが、本人としては、夢見が悪かったと告白してくれました。おかげで、私が聞いた時も、簡単に答えてくれましたよ。よほど安心したんでしょうね」
「……」
 あすなは、またどう答えていいものか悩んでいた。
――正樹さん、どうしよう――
 思わず、墓石を見つめた。
「まあ、僕はそこで彼の死に疑問を抱いたわけなんですが、僕も最初はそんな夢のような話、信じられるわけもなかったんですよ。もちろん、人間の死について疑問があるわけではありません。でも、考えれば考えるほど、調べれば調べるほど、謎が深まるのも事実なんです。まるでアリ地獄のようですよね。一体、何がどうしたというんでしょうね?」
 そう言って、彼は両掌を上にして、
「お手上げ」
 というポーズを取った。
「僕はあすなさんなら、何かを知っているのではないかと思ったんです」
「いえ、何も知りません。知っていたとしても、あなたに教えるつもりはありません」
 と言ってのけた。
――どうせ、私が何を言ってもあなたは私を疑うんでしょう?
 と言わんばかりの目を向けた。
 あすなとしては、精いっぱいの抵抗のつもりだった。
 またしても香月はニッコリと笑った。今度の笑みで三回目だが、一回目とも二回目とも違う笑みで、今度もまったく分からなかった。
――この人の笑みは、どんどん分からなくなっていく――
 きっと、お互いに考え方が一直線になっていて、お互いに離れていっているからに違いないとあすなは感じた。平行線が交わることのないように、この場合は、地球を一周でもしない限り、交わることなどありえない。限りなく透明に近い色を思い浮かべていた。
 あすなは、中学時代、白い色と無色透明に興味を持っていた。
 無色透明という色を、絵画で表すことができるかどうかというのを、考えたこともあったが、すぐに無理であることに気づいて、考えるのを止めた。
 すると次に感じるようになったのは、白い色だった。
 世間一般の七色と呼ばれている色をすべて混ぜると白い色に変わるということを知ったのは、中学時代の先生に教えられてからのことだった。紙で円盤を作り、これを十数分にして、そこに七色を散りばめた。真ん中に棒を通し、棒を中心に高速回転を与えると、そこに浮かび上がってくる色は白だったのだ。
 それを見た時、感動したのはもちろんのことだが、その反面、
――前にも同じような思いをしたことがあったわ――
 という思いもよぎったことだ。
 センセーショナルな発見があった時というのは、えてして自分が初めて見たはずなのに、前から知っていたような気がすることもあった。それがどうしてなのか分からなかったが、あすなは、それを事実として受け止めるしかなかった。
――世の中には自分の思いもよらぬことって結構あるのかも知れないわ――
 と感じた最初だった。
 それから何度か同じような思いをしたことがあったのだが、突き詰めれば、同じところに戻ってくるような気がして仕方がなかった。
 その時に感じた真っ白な色は、まだ何も書かれていないスケッチブックの真っ白さをイメージさせた。
 スケッチブックの真っ新なページを開いた時、目が回ったような錯覚を感じることがあったが、それは、円盤をまわして見えた真っ白な色が思い浮かぶからだった。
「西村さん、どうしたの? 眺めてばかりいては、時間が経過するばかりよ」
 と、高校に入って美術の授業で、先生から指摘されたことがあったが、指摘されて初めて自分がスケッチブックを眺めているだけであることにビックリさせられた。まったくの無意識だったからだった。
 あすなは、真っ白いスケッチブックを眺めていて、白い色を感じながら、その先に、
「限りなく透明に近い色」
 を思い浮かべていたことに気が付いたのは、高校を卒業してからだった。
 美術部に在籍していたのは、高校時代までだった。
 大学に入学すると、それまでとは打って変わって、理学部に入学し、理工系の研究を目指すようになっていた。その心境の変化がどこにあったのかというと、高校時代に絵を描いていて、自分の限界を感じたからだ。
 その限界というのが、
「限りなく透明に近い色」
 を見つけることができず、スケッチブックに筆を下ろすことができなくなってしまったからだった。
作品名:二重構造 作家名:森本晃次