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二重構造

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「いいのよ。私もこうやって縛られていると、普段発想できないことをたくさんできるような気がするの。香月さんが悪い人でないということが分かっているだけ、私は安心です。だから、私が発想したことがあれば、あなたに聞いてほしいの。そうでなければ、今みたいに話しかけたりはしないわ」
 あすなと香月の間に、確かに心の交流があった。そこに恋愛感情はないと思っているが、愛情の二文字は存在しているような気がする。
 恋愛感情のような一方通行ではなく、双方向からの愛情は、お互いを慈しむという感情ではないかと、あすなも香月も感じていた。二人の間に存在する思いは、次第に熱くなっていった。
「私は、タイムマシンの発想で、もう一つ思いついたことがあったんですよ」
「それは?」
「ここに来てからの発想なんだけど、出発点は、やはり同じ、タイムマシンでどこかに飛び出した後の世界に自分はいるか? ということなんですよね」
「はい」
「その時の発想は、存在しないというもので、未来にしか飛び立つことができないというものなんですよ。過去にいけないというのは、さっきの発想と同じで、もう一人の自分が存在するからなんですよね。でも、私の発想は『タイムマシンありき』ですので、未来に到着した自分は、過去からやってくる人を待つという発想だったんですよ。つまりは、私は時間を飛び越えたのはいいんだけど、他の人が追いついてくるまで、どこかで眠っているという発想ですね。ただ、年は取っていない。つまりは、まったく違った人間がいきなりこの世に飛び出したことになる。その時の記憶はまわりの人の意識を変えるのではなく、自分だけが意識を変えるということですね。まわりの人にバレないように、必死になって隠さなければいけない事実を抱えたまま、その事実を墓場まで持っていくことになる。果たしてそれに耐えられるかどうか、私の発想は、『耐えられない』と思うんです。じゃあ、どうすればいいのか?」
 あすなも、香月も息を飲んで、重苦しい空気の中にいる自分を感じていた。
「どうすればいいんですか?」
「そこで登場するのが、『玉手箱』というわけです。つまり、浦島太郎が乙姫様から渡された玉手箱、そこを開ければ、白い煙が出てきて、おじいさんになってしまうというお話でしたよね。私は、それは本当のことだと思うんです。そして、その玉手箱こそが、墓場への近道であり、そして、白い煙の正体は、耐えられないと思っていたことを、頭の中から消去するための『記憶消去ガス』のようなものでないかと思うんですよね」
「そんな昔から、タイムマシンの発想が?」
「ええ、中には発想していた人がいたとしても、不思議はないと思うんですよ。逆に言えば、今から数百年経って、文明が爆発的に発達しても、まだタイムマシンは開発されていないかも知れない。この発想もありなんじゃないかってですね」
 香月は話を聞いているだけで、自分がまるで異世界に飛び出したかのような錯覚を覚えていた。
――一体、どういう発想なんだ――
 これだけの発想をいきなり聞かされると、もう学会で発表などということは、どうでもいいようにさえ感じられた。
――まるで、正樹が乗り移ったかのようだ――
 と感じた香月だった。
 だが、この発想は、優香の発想でもあった。ただし、切り口はまったく違っていた。
「タイムマシンというのは、『パンドラの匣』なんですよ。開けてはいけない箱、つまり、タイムマシンを開発すること自体が『玉手箱』を作っているようなものなんですよ」
「ひょっとして、誰も知らないまま、玉手箱がどこかに存在していたりして?」
「私は十分にありえることだと思うんですよ。だから、浦島太郎というおとぎ話が存在しているんだし、必ず物語の根幹が、実在したもののはずだって思うんですよ」
「どういうことですか?」
「今の時代の人が浦島太郎の話を読むから、それをおとぎ話の世界だと思い、人によっては、未来への系譜のように言う人もいる。でも、あの人たちに未来や過去という発想がないのだとすれば、物語はまったく違う見方をすることもできるんですよ」
「よく分かりません」
「あのお話は、竜宮城から帰ってくる時に、太郎が乙姫様から、箱をお土産にもらったですよね?」
「ええ」
「そして陸に上がってくると、そこには、自分の家もなく、家族は誰もいなかった。そして、自分が知っている人は誰もいない。さらに、自分のことを知っている人も誰もいなかった……」
「……」
「そこで太郎は、途方に暮れて、もらった玉手箱を開けてしまった。すると、そこから白い煙が出てきて、一気に年を取ってしまったというお話ですよね」
「ええ」
「でも、そのお話の中に、太郎が辿り着いた世界が、自分の住んでいたところの未来だとどうして分かるんでしょう? あくまでも玉手箱を開けて、年を取ってしまったことで、皆が勝手に想像した内容ではなかったか?」
「なるほど」
「そう思うと、陸に上がった瞬間に、どうして年を取らなかったのか? と思うんですよね。そうでないと、辻褄が合いませんよね。玉手箱を開けないと、年を取らないというのは、本当のフィクションで、ありえないことだと私は思うんですよ。元々おとぎ話自体、竜宮城や乙姫様の存在も怪しい。何よりも海の底に行くのに、アクアラングもなしに行けるということ自体、変ですよね。そういう意味では、このお話はどこまでが本当なのか、あるいはすべてがウソなのかも知れない。いや、それよりも人間の心理を巧みについた秀逸の作品なのかも知れないとも言えますね」
「どういうことですか?」
「『木を隠すには森の中』っていうじゃないですか。つまりは、一つの本当のことを隠すには、九十九のウソに紛れ込ませればいいんですよ。このお話は、案外そういう『間違い探し』のようなお話なのかも知れないって私は思っています」
 これが優香の発想だった。
 もっとも、これはタイムマシンに対しての発想ではなく、浦島太郎という個別のお話への発想というだけだった。
 しかし、あすなから浦島太郎の話をタイムマシンと絡ませた話の例題に持ってこられると、優香の話の方が、説得力があった。それは浦島太郎の話にだけ限った説だと思っていたが、あすなの発想も、引き込まれてしまうほどの説得力を感じる。
――どちらも本当のことのようだ――
 ひょっとすると、どちらも本当であって、どちらもウソなのかも知れない。つまりは、一つの大きな学説を唱えるための仮説にすぎないのが、この浦島太郎の話で、大きな学説に辿りつくためには、避けて通ることのできないものだと考えるのも決して間違ってはいないような気がしていた。
 なぜなら、あすなの発想の中にあった「玉手箱」が、「記憶消去ガス」の一種だという説は、優香の考えを正としても最終的には消去することで、お話を再度考えさせることができるものである。
――堂々巡りを繰り返す――
 この発想は、タイムマシンを考えるに当たって、最初に突き当たる発想だった。
作品名:二重構造 作家名:森本晃次