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二重構造

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「勝ち続けているからと言って、それを自分の運や実力だと思ってやり続けると、いずれ負け続ける時がやってくる。そんな時、君はどう考えるかね?」
「……」
 答えないでいると、相手は笑みを浮かべて話し始めた。その顔には、
「本当は、分かっているんだろう?」
 と言わんばかりの余裕の笑みが浮かんでいた。
「君はたぶん、『まだ勝っているんだから、マイナスになる前に止めればいい』と思うんじゃないかい? でも、もう一人の自分が囁くんだよ。『少々マイナスになっても、そのうちにまた勝ち続けられる波がやってくる。その時までじっと待てばいい』ってね」
「ええ」
「確かに、波は来るかも知れないけど、その可能性がどれほどのものなのかを考えたりはしない。考えることはできるのかも知れないけど、考えることで、自分が勝負から降りるのが怖くなる。なぜなら、金銭にこだわらないと思っているにも関わらず、失ったものはもったいないと思うものなんだ。だから、決して止めることはしない」
「きっとその場になれば、おっしゃる通りになると思います」
「君はビギナーズラックという言葉があるのを知っているかい?」
「ええ、初心者がなぜか勝ってしまうというオカルトのようなものですよね?」
「そうだね。オカルト、都市伝説の類だね。でも、オカルトというのは、超自然という意味もあるんだよ。自然現象を超越したもの。それを信じるか信じないかということなんだけど、これだって、真実は一つなのさ。だから、僕は実際に起こっていることは否定できないという観点から、ビギナーズラックは信じているんだ」
 その人の言葉には説得力があった。
「ビギナーズラックというのも、引き際の一つと考えることもできるんでしょうか?」
「それも一つの考え方だね。ただ、僕の言いたいのは、現実に起きていることを、オカルトや都市伝説として片づけてしまうのは、やり続けた時に、波が来る可能性を考えるかどうかということにも繋がってくると思うんだ。ビギナーズラックを軽視した人には、波が来る可能性についてなど、考える気持ちの余裕はないと思うよ」
 綾はその話を聞いた時、自分がギャンブルをする意義が分かったような気がした。最初は、
――運というのが実力に結びつくか?
 という発想から始まったものなのだが、それが感性へと変わり、そして、引き際を見極める目を持つことに繋がった。綾が、
――ダメならダメで、自分を納得させることができる術を持っている――
 と感じるようになったのは、この時の勝負師の人の話を聞いて、自分なりに考えた結果だったのだ。
 優香という女性は天才肌である。しかし、綾は天才というよりも自分の努力でのし上がってきたと言ってもいい。しかも、その努力は孤独の中から生まれたもの。そのことを優香には分かっていた。
 しかし、綾には努力だけではなく、天才的な部分も備わっていた。本人は気づいていないかも知れないが、その最たる例として、自分がこれから誰についていくと考えた時、選んだのが優香だということだ。
「先見の明」
 という意味では、類まれなき才能を、綾は発揮している。優香も、綾がいてくれることで、自分の天才的な力を、それ以上に発揮することができている。綾は、自分の力を人に与え、その力をさらに倍増させるという力を持っているのだ。
 それは、他の人にあるような、
「助手が最高なので、主人が引き立つ」
 というのとは少し違っている。
 この場合の助手は、あくまでも「影」としての存在であり、光になろうとして出しゃばってしまうと、主人の力が削がれてしまうことになるのは必至だろう。
 しかし、優香と綾の関係は、そうではなかった。
 綾は決して優香の前で「影」ではない。自分は「光」として輝き続けている。
 しかも、どちらも「光」として輝きながらも、お互いに、その輝きが削がれることはない。
 つまりは、それぞれの『光』の輝きは、力という意味では別物なのだ。
 相手を引き立たせる力を持っていながら、もちろん、自分での光を褪せらせることはない。その力がお互いに誘発させることで、力関係の均衡を保っているのだ。
 それにしても、自分でも十分に表舞台に出て、やっていけるだけの力を持っていながら、どうして綾は優香に固執するのだろう?
 優香はその思いをずっと抱き続けていた。綾を助手だと思いながらも、対等、あるいは時として、自分よりも上に崇め奉るくらいの気持ちになっているのは、優香の中に、綾に対しての恐怖心があるからだった。
 優香はもちろん、綾もそのことは分かっている。
 優香が自分に対して、恐怖心を抱いているのを分かってはいるが、綾はそのことに警戒心を抱くことがなかった。
 それならそれでいいと思っているからだ。
 普通の人なら、自分の立場を脅かす人が現れれば、何とか排除しようと思うだろう。しかも、恐怖心を抱いているのだから、なおさらのことだ。
 しかし、彼女を排除することは、自分のせっかく今まで築いてきた地位や名誉を捨てる結果になるかも知れない。
 ある程度までの地位に昇りつめると、それ以降に限界を感じ始める。そこまでくると、今度はその地位にしがみつくのに必死になる。
 今までのように、上ばかり見て歩んでいくわけにはいかない。今度は下を見なければいけない。
 下を見るということは上を見るよりも怖いことだ。梯子を昇っている時だって同じではないか。上を見ている時は怖くなかったものが、下を見ることで急に恐怖心を煽られてしまう。
 しかも、下からはどんどん人が迫ってくるので、自分は上に昇っていくしかないのだ。そう思うと、下を見ることすら許されなくなる。
「現状維持ほど難しいことはない」
 と言われる。
 どんどん自分の力の衰えと戦いながら、前を見続けなければいけないことは、自分に方向転換も意識させられる。この時一人だと、これほど心細いものはない。上を目指している間に、その時に一緒にいてくれるパートナーを探すことも、今の優香には必要なことだった。
 だからこそ、優香には綾が必要なのだ。怖いと思いながらも、いずれは自分の本当の力になってもらいたいと思っている。それは頭の中での矛盾であり、ジレンマでもあったのだ。
 輝き方の違いには、ある程度目を瞑り、優香は綾を手放すことはできない。そのためには、今まで以上に綾に対して、気を配っておかないといけないような気がした。
 しかし、綾は言わずと知れた百戦錬磨の猛者だと言ってもいい。優香も自分に対して同じような思いを抱いているのも分かっている。ここは分かち合うには、相手に対しての尊敬の念を、表に出すほかはないと思うようになっていた。
 優香は綾に対して尊敬の念はしっかりと持っている。今までは、
――自分が主人だ――
 という意識を持っていることで、表に出さなかったが、今後はその思いを表に出していかなければいけないと思うようになった。
 綾は自分の人生の中で、一度だけ幸せに感じた時があった。その幸せというのは、女としての幸せであり、逆に言えば、女としての幸せを感じたのは、今でもその時一度だけだと思っていた。
作品名:二重構造 作家名:森本晃次