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二重構造

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「そうね。過去に戻るという発想のお話は聞いたことがない。もっとも、おとぎ話には、未来という発想を与えないようにしているような気がするの。浦島太郎にしても、あくまでも最後になって陸に上がると、知らない世界に変わっていたとは言っているけど、未来になっていたとは言っていないわよね。乙姫様よりもらった玉手箱を開けると、おじいさんになってしまったところで終わっているけど、そこが未来だとは言っていない」
「その時代の人に、そんな理屈が分かるはずないですよね」
「そうなのよ。それなのに、その時の物語が五百年経った今でも語り継がれている。つまりは、重要な話だと思っていた人がずっといたということなのよね」
「未来への系譜のようなものと考えればいいのかしら?」
「そうかも知れないわね。五百年前の発想が、やっとここ百年くらいの間に追いついてきた。そう言ってもいいんじゃないかしら?」
「昔の人は、何を考えて、あの話を書いたのかしら?」
「言われていることとして、竜宮城というのは宇宙であり、カメに乗って海の中に入って行ったというのは、ロケットに乗って、高速を体験したと言い換えられないかということなのよね。だから、その時に宇宙人が地球に存在していたというのはありなのかも知れないわ」
「でも、それが本当にロケットだったのかしら? 実はタイムマシンだったと言えなくもないかしら?」
「それもありかも知れないわね。でも、私はもう一つ、疑問に思っていることがあるの」
「それはどういうことなんですか?」
「浦島太郎は、竜宮城から帰ってくると、まったく知らない世界になっていたって言っているでしょう?」
「ええ」
「でも、ここでおかしいと思わない?」
「どうしてですか?」
「だって、知らない世界を数百年も未来の世界だというのであれば、浦島太郎がその世界についた瞬間に、一気に年を取ってしまうんじゃないのかしら? ひょっとすると、ミイラ化してしまうかも知れない。実は、このことはさっき言った昔見た映画の時にも思ったんだけど、高速で動いている間の人間は年を取らないかも知れないけど、そこで普通の世界に戻ったのなら、一気に年を取ると考えた方が自然なんじゃないかって思うのよ。それこそ自然界の摂理であり、年を取らないということは、時間への冒涜ともとれるんじゃないかって思うのよ」
「あっ」
 綾は、小さな声で驚いた。
 これ以上の声を出すと、自分がその驚きに押しつぶされそうに思えたからではないだろうか。
「ということは、タイムマシンの研究で、未来に出ることができたとしても、一気に年を取ってしまう危険性を孕んでいることに誰も気づかないように考えられたのが、SF映画であったり、浦島太郎だったりするのかも知れない。もっとも、そうでないと、物語として成立しないだろうからね」
 と言って、優香は笑った。
 しかし、この笑みは笑顔からではなく、明らかに冷たい失笑だった。
「綾はどう思う?」
 綾に振ってみると、綾には綾で考えていることもあったようだ。
「最初に話は戻るんですが、タイムマシンで自分が飛び立ったところから先にだけ自分が存在しないということは、過去にはいけないということですよね?」
 綾の方が、最初にその話題に触れることなく進んだのに、話をまた前に戻したのだった。
「そうね、私の言いたいことの半分は、タイムマシンを使ってでも、過去にはいけないということ。過去に行ってしまうと、そこにはもう一人の自分がいて、同じ次元の同じ時間に、同じ人間が存在してはいけないというタイムパラドックスに違反することになるのよ」
「でも、タイムパラドックスとは言っているけど、それも、しょせんは学説でしかないのよね?」
「もちろんそうだけど、でも、こういう研究は、過去から培われた理論を尊重しながら行わなければいけないのよね。その中には真っ向から歯向かう意見があることも承知しているけど、この場合、私は完全に承服した上での発想しか思い浮かばないの。ということは、この理論は間違っていないと、私は納得しているのよ」
 優香の言葉には説得力があった。
「実は、私はそこまで優香さんのように、過去の理論に執着する必要はないと思っているの。優香さんには悪いけど……」
 綾は恐縮そうに肩を竦めた。
「そんなことはないわよ。学説にしても理論にしても、自分だけの発想だけでは解決できないこともある。なまじ解決できたとしても、いずれどこかで引っかかってくるような気がしているの。あなたもそう思っているような気がするわ」
 優香は綾の顔を見た。
「さすがに優香さんの言う通りね。でも、私の発想は、もしかすると、優香さんの発想を根底から覆すことになるかも知れませんよ。それでもかまわないんですか?」
「私には私で自信を持っているつもりよ。まずは自分に対して自信を持つことが大切なの。それが研究者としての宿命でもあるし、生き甲斐でもあるのよ」
「でも、優香さんがさっき話してくれた浦島太郎の物語で、陸に上がった瞬間、年を取らないという発想は、私も以前考えたことがあったんですよ。でも結局結論が出ずに、考えることを止めました」
「私も、今までに何度も、この発想に行きついたのよ。でも、何度も発想しているということは……、分かるでしょう?」
「そうですね」
 なるほど、結論が出ないから何度も思い立っては考えているのだ。
 それにしても、何度も同じ発想を思い浮かべるというのは、どういう心境なのだろう?
 綾には想像もつかなかった。綾の場合は、一度浮かんだ発想が、その時に結論を得ることができなければ、二度と考えることはない。つまり一度何かの発想を考えると、二度とそのことについて再考するということはないということだった。
 綾は自分の性格をアッサリしているとは思っていない。どちらかというと、一つのことに集中すると、他のことを忘れてしまうほどで、これは研究者としては、普通なのではないかと思っていた。
 しかし、一つのことに凝り固まってしまうことは綾にはなかった。それは、
――ダメならダメで、自分を納得させることができる術を持っている――
 と思っているからだった。
 研究というのは、ある程度までは深みに嵌り込まなければ、発見できるものも発見できないと思っている。しかし、嵌り込みすぎると抜けられなくなることも分かっている。つまりは、
――引き際――
 というのが大切だった。
 綾は、学生時代からギャンブルをやっていた。
 それは別に金儲けが目的ではなく、自分の中の勝負師としての感性を磨くことが目的だった。麻雀や競馬、パチンコなど、さまざまなギャンブルをやっていた。
 それぞれに深入りすることはなかった。やっているうちに、自分に合っているものが見つかればそれでよかった。しかし、それともう一つ目的があった。
「ギャンブルというのは、止め時が問題なんだよ」
 と、勝負師の人に言われた。
「ギャンブルは、将棋やスポーツなどと違って、ある程度自分で自由にやめることができる。だからこそ、止め時を間違えると、深みに嵌ってしまって、抜けられなくなる。勝ち続けている時もあれば、負け続ける時もある」
「はい」
作品名:二重構造 作家名:森本晃次