二重構造
「それはおかしいわよね。もっとおかしいと思ったのは、それだけ大きな発表があったというのに、週刊誌の記事でも、さほど大きな記事になっていないし、他のメディアも見てみたんだけど、他のメディアには、記事すら載っていない。インターネットでも、そのことに触れているのはごく少数だったわ。何かおかしいと思わない方が変よね」
「その通りですね。それに発表された週刊誌も、どこかゴシップ専門のようなところがある『胡散臭い』と言われているところでしょう? どこまで信憑性があるのかって感じるわ」
「週刊誌側の勇み足というところなのかしら?」
「それだったらいいんだけど」
この話はここで終わった。
だが、優香は少し気になっていた。研究が発表したにも関わらず、本人が失踪してしまったということに関してであった。
それにもう一つ気になることがある。
――綾はどうして、こんなに西村あすなという女性を気にしているのかしら?
人の心を読むのが得意な優香だったが、一番心を読みにくい相手というのが、実は綾だった。
綾という女性は、いつも自分の心のまわりにオブラートを巻いていて、中を見えないように「保護」している。それが彼女の持って生まれたものなのか、それとも育ってきた環境によって、人に心を読ませないようにする性格が形成されたからなのか、優香にはハッキリと分からなかった。
だからこそ、優香は綾に興味を持ったのだ。
――こんな女性、今までに自分のまわりにいなかったわ――
今、優香が興味を持っている女性は、綾の他にもう一人いる。実際には会ったことはなかったが、近い将来、絶対に会うことのできる人だと思っていた。
そのことを、一番知られてはいけないと思っているのが綾だった。理由は二つあり、一つは、
――綾が女性として嫉妬するのではないか?
という思いがあるのと、
相手が、優香にとって、ライバル的な存在だからである。
優香を師のように慕っている綾に対して、ライバルの女性に興味を持ったこと、しかも、自分と同等に興味を持っているなどと分かると、完全に綾に対しての裏切り行為になってしまうことと、綾のプライドをズタズタに引き裂いてしまうことになることが分かっているからだった。
その相手というのが、綾が昨日、研究を発表したと言って週刊誌を持ってきた中に書かれている、
「西村あすな」
その人だったからである。
優香は、綾という女性も聡明なのは分かっていた。自分ほどではないまでも、相手の心を読むのがうまいと思っている。しかも、優香の場合は、相手を見ていると、何が言いたいのか分かってくるような「直感的」なところがあるのに比べて、綾の場合は、相手の様子をじっくりと見てみて、さらに相手を正面から見つめる。この二段階で、相手が何を言いたいのかを分かるという「推理力」のたまものだと言えるのではないだろうか。
自分とは違う意味で、人の心を読むことのできる綾を、優香は警戒していた。自分と同じような直感型であれば分かることもあるが、そうでないだけに、不気味でしょうがないと思えて仕方がなかった。
――とにかく、綾にだけは気を付けておかなければ――
そう思っていた優香だった。
優香は、一つのことに突出した性格だった。人の心が読めるというのもその一つだが、それはこれからも続いていく性格だろう。
しかし、彼女には、成長していくにしたがって、その時々で突出したものがあった。それはいつも一つであり、そのため、一度突出したものであっても、次のステップで別に突出したものが現れれば、それ以降は、それまで突出していたことが平凡に戻ってしまう。
そんな彼女を、
「二重人格だ」
という人もいれば、
「いやいや、多重人格なんじゃないの? どこか彼女を見ていると気持ち悪く感じることがあるわ」
それは、彼女の突出した部分だけを見て、ある意味、嫉妬している人の意見であった。突出した部分を知らない人でも、彼女の異様なところが何となく分かっている人は、彼女の気持ち悪さだけを垣間見て、なるべく近づきたくはないと思っているようだった。
「でもね、それが優香さんの本当の性格で、『成長し続ける女』なんだって私は思っているの」
そう言っているのは、綾だった。
「私は、優香さんについていきたいと思ったのは、それを知った時だと思うの。私もそれなりに、自分に自信を持っていたわ。他の人には絶対に負けないと思ったこともあった。でも、そんな自信も優香さんの前では掠れてしまった。それほど彼女には、私にない魅力があるのよ」
「そんなものですかね?」
「ええ、誰だって、自分にないものを持っている人に対して、敬意を表したりするでしょう? 私の場合は、その相手が優香さんだということ。そして、そのことを自分で理解できたことで、自分がついていく相手を見つけたと思っているのよね」
綾の言葉には説得力があった。
綾は三年前、付き合っていた男性からプロポーズされた。今までにも何度もプロポーズされてきたが、その時の断り方とは、明らかに違っていた。
今までの相手に対しては、かなり高圧的な言い方だったのに対し、彼に対しては、自分から諭すような言い方だったのだ。
かつては、
「あなたなんか、私の足元にも及ばないわ。私にプロポーズするなんて十年早いのよ」
と言わんばかりだった。
プロポーズしてくるくらいの相手なので、それまでは適当に相手に好かれるような付き合い方をしていたのだろう。その理由は、
――利用できる相手は、色仕掛けでも利用する――
というしたたかなところがあったからだ。
だが、優香は相手が自分を少しでも拘束しそうになると、完全に本性を剥き出しにし、相手を罵倒することで諦めさせようとした。
――どうせ好きでもない相手なんだわ――
と思っていたからだ。
しかし、三年前に断った相手は、それまでの相手とは違っていた。
彼は研究員であり、優香に似たところがあった。
――もし、優香さんに会っていなかったら、私は彼のプロポーズを受け入れたのかしら?
と感じたが、逆に、
――優香さんという女性を知らなければ、私はもっと卑屈になっていて、男性を好きになるという意識すらなかったかも知れないわ――
とも考えられた。
その男性が、それからどうなったのか綾には分からなかった。しかし、
――研究に熱中していてくれれば嬉しいな――
という、乙女心を抱いていたのを、優香であっても、そこまでは知らなかったのだ。
優香は、綾という女性を一番分かりにくい女性だと思っていたが、見た目ほど、したたかすぎる女性だとはどうしても思えなかった。
それは、自分を慕ってくれているという意味での贔屓目のせいなのかも知れないが、それだけではない。
――私と似ているところが多いはずなのに、まわりから見て、似ているところなんて、まったくないように思える――
優香は、自分のまわりを客観的に見ることができる。その目を使って、自分と綾のことを見つめてみたが、その時に感じたのが、
――まったく似ているように見えない――
ということだった。