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短編集43(過去作品)

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盗癖の家系



                 盗癖の家系


「うちの先祖は大泥棒だったんだからね」
 このセリフが今でも頭から離れない。
 言ったのは母親、そしてそれを聞いたのが将人が中学生の頃であった。その時の形相はもの凄いなんてものではない。
「お母さん、情けなくて言葉も出ないわよ」
 と言って、しばらく黙り込んだ後に発した言葉だった。相当考え抜いて出てきた言葉なのだろう。顔は真っ赤で、後にも先にもそんな母親の顔を見たことはなかった。普段からなるべく自分の気持ちを押し殺すようにしていた母親が見せた初めての爆発した感情、それを見ても自分のしたことの良し悪しがハッキリと分からなかった。
――まわりが悪いと言うんだから悪いことをしたんだろう――
 という程度である。
 中学生といえば中途半端な年齢である。冷静に考えられるだけの知識が徐々に備わってきていうが、まだ状況に応じて対応できるほどの経験はない。
――怖いもの知らず――
 でやってしまうことも多く、まわりに流されてしまったというのは言い訳だろうか。
 その日は、部活が終わって、途中でお好み焼きを食べて帰るという予定を立てていた。皆そのつもりだっただろう。バスケット部に所属しているが、部活が終わると馴染みのお好み焼き屋に寄るのは恒例となっていた。
 店の前から漂ってくる香りに耐えられないのが中学生という時期。食べても食べても食欲が湧いてくる頃で、お好み焼きでお腹を満たしても、うちに帰れば夕食を普通に食べる。お好み焼きはスナック程度のものである。
 店に入る頃はまだ夕日が眩しかった。夏の時期だったはずで、暑いのに汗を掻きながらお好み焼きを食べたものだった。
 自分で焼くお好み焼きで、それがよかったのだ。ただ待っているだけでは耐えられず、自分で焼いていると、その間空腹であっても、少しは気が紛れるものだ。「ジュージュー」という音ととともに食欲も最高潮、熱いままこてを使って口に運んで食べるのが何とも言えない。
 いつものように食べ終わると腹八分目で、身体の疲れも少しは癒された気分になる。普段なら、満足してそのまま帰ることになるのだが、友達の一人が、
「ちょっと駅前まで行ってみようや」
 と言い出したのだ。
 話を聞くと、両親共稼ぎで家に帰っても誰もいないので、時間を潰して行きたいという。
「じゃあ、本屋にでも行ってみるか」
 五人いた友達のうち、二人はその場で帰った。駅前は反対方向になるからである。
 残った三人の中に将人はいたのだが、その時の将人の気持ちに、「恩着せ」のようなものがあったのは事実である。
――付き合ってあげるんだから――
 という気持ちである。
 その時に見返りを期待している自分がいたかどうか分からないが、少なくとも表に出すことはなかったはずだ。しかし、心の中では付き合ってあげているという思いが家に帰る時間が遅くなる理由にしていたのは事実である。
 お好み焼きを食べて帰ることは母親も知っている。帰宅の時間もそれほど変わることもないので、お好み焼きを食べてからまっすぐに帰れば、何の問題もなかった。
 駅前には本屋を始め、文房具屋、喫茶店、コンビニ、スーパーと、駅前通りにところ狭しと並んでいた。今でこそだいぶ様変わりしたが、当時は急行電車の止まる私鉄沿線の駅として繁盛していた。
 スナックや居酒屋のような大人の繁華街は駅裏に点在しているが、日が沈んでから賑やかになるところである。
 お好み焼きを食べて表に出る頃には、さすがに日は暮れていた。駅前に出るためには駅裏の繁華街を横目に見なければならない。
「この時間になると賑やかだな」
 と最初に誘った友達がいうと、
「ああ」
 とあとの二人が同時に頷いている。少し時間が空いていたのに、同じタイミングというのも珍しかった。
 将人には頷くのが少し遅れた理由はハッキリしていた。じっと見ている繁華街を行く一人の男の後姿に見覚えがあったからだ。
――お父さん――
 くたびれたように背中を丸めて歩いている後姿の男、きっと大声で名前を叫んでも気付かないかも知れないと思うほど、何かに引き寄せられるような歩き方だった。少し顎を上げて上を見ながら歩く足取りは千鳥足だ。だが、それは酔っ払っている歩き方ではない。何かに吸い寄せられているように思えてならなかった。
 飲み屋に入っていくその姿、それまでにも見たことがあったような気がした。その時は誰だか分からなかった。ひょっとして父親ではなかったかも知れない。
――それにしてもやつれているな――
 以前に見た人を思い出すと、やはり別人に思える。だが、今回は完全に自分の父親である。子供としては、あまり見たくない姿だった。
 家具職人をしている父親は、子供から見て尊敬できる父親だった。たまに酔っ払って帰ってくることもあったが、それは大人の世界のことで仕方がないことだと思っていた。しっかりと手土産を持って帰ってくれていて、家族のことを考えてくれていたことは嬉しかった。
 だが職人気質というのは、そう簡単に子供が理解できるものではないようだ。時々夫婦喧嘩をしているが、母親の言っていることが正論で、父親の言うことはわがままにしか聞こえない。言葉に詰まると、
「俺は職人肌なんだ」
 というのが口癖だった。「職人肌」という言葉を口にすれば済まされると思っているように思えて傍から見ていて情けなく思えることもあった。
 だが、その日のような何かに引き寄せられるような姿を見たのは初めてだった。いくらわがままで苦しい言い訳をしているとしても、そこには確固とした意志が存在しているはずなのに、その時の後姿にはまったく意志が感じられない。吸い寄せられるような姿だった。
――後から話を聞いても、覚えていないっていうんだろうな――
 と感じたのだ。
 そのことを気にしながら将人は友達の後ろへとついていき、駅のコンコースを通って表通りに出た。
 いくつかのビルが立ち並んでいるが、日が暮れてから駅前に来ることなどほとんどなかった将人は、ネオンサインの鮮やかさにしばし目を奪われていた。
 最初は本屋に立ち寄った。友達がほしいと言っていた本を探している間に、雑誌を手にとって読んでいたが、まわりではサラリーマンやOLが同じように立ち読みをしている。
 両親からは想像もできない姿だった。職人気質の父親に、それを縁の下の力持ちとして支える母親からは、鉢巻や割烹着しかイメージできない。ビジネススーツやネクタイなど別世界の人間に思えてくる。
――僕が大人になれば似合うかな――
 テレビドラマで見かけるサラリーマンは、将人が見ていて憧れに値するものではない。他の子供が見ればどうなのか分からないが、きっと冷めた目で見ているのだろう。
 父親がサラリーマンの家庭だと普通に静かな生活を過ごしているかも知れない。夫婦喧嘩こそたまにだが、毎日が結構せわしく感じられるのは、両親とも声が大きいからかも知れない。毎日近所に声が聞こえていると思うと恥ずかしかった。
「サラリーマンの家庭なんて、いいことなんか何もないよ」
作品名:短編集43(過去作品) 作家名:森本晃次