短編集43(過去作品)
美穂は大人しいが性格的に人を引っ張っていくところがあることから、三人の中ではリーダー的な存在だった。そのことに気付いている他の社員は案外いないかも知れないが、三郎は気付いていた。それだけに、三郎のことに関しても他の二人に茶化すことをやめさせるわけにも行かなかった。ただ、三郎をじっと見つめているしかできなかったに違いない。
――一体何を訴えていたのだろう――
トイレに立つ三郎を、マグカップを手に持って、背の高い彼女が上目遣いに見つめている。意識して見れば明らかにおかしな仕草に感じる。
思い出しながら喫茶店のコーヒーを飲んでいると、気がつけば後一口くらいになっていた。時計を見ると、あまり時間が経っていない。まだ日が沈んでいないのは、その証拠だろうが、それにしても実際に感じている時間の流れに比べれば時間が経っていないのは不思議だった。
「ガラガラ」
玄関の扉が開く音がした。音の方を反射的に見たが、誰かが入ってくるのを予想していた。
夕日を背中に受け、シルエットに浮かび上がった淫らにも見える曲線は女性のものだった。女性にしては身体が大きめに見えるのは、相手が誰か分かっていたからに違いない。
確かにシルエットのように浮かび上がると必要以上に大きく見えるのだろうが、それを分かっていても大きい身体は、いつも見ている給湯室とは雰囲気の違いもあって、まるで別人に感じる。きっと三郎だから分かるのだろう。
「こんにちは」
美穂の声である。
――こんな声だったかな――
会社で聞く声に比べると幾分かか細い声になっている。
「こんにちは」
三郎も返事を返したが、やはり自分でも声が上ずっているのを感じる。
「ここで会うのって偶然なんですか?」
三郎が感じていたことを美穂が話す。
「僕は偶然だとは思えないんですよ。あなたはどうですか?」
「今日、ここで会えると思っていました。伊吹さんと初めてここで会うっていう感じしないんですよ」
美穂に言われるまでもない。最初から三郎も感じていた。雑記帳を見ていたからだろうか。
雑記帳には何か魔力のようなものがあるのかも知れない。萩の街で雑記帳に込めた思いを感じたくて毎年訪れていたが、その時に見た幻のような女性、それは自分にとっての本当に理想の女性を創造することだった。きっと、人吉においての美穂も同じだったのだろう。
美穂はその相手が三郎であることを最初から分かっていたのだろうか。ずっと話をしようと思いながらも会社で話をしてはこの人吉で創造した自分にとっての三郎のイメージを壊すことになると感じたのかも知れない。
――人に話をしては、効力がなくなってしまう――
昔話などではよくある話である。
しかし、なまじバカにはできない。昔話にしても、誰もが潜在意識の中に持っているものを物語にしたような話が多いではないか。昔話こそ、想像が創造になった話なのかも知れない。
今、人吉の街で美穂を見た。美穂も三郎を見た。お互い、自分たちの中で想像していたであろうイメージが自分の創造した世界の中で一つになろうとしている。
――恋愛とは、想像を創造に変えることかも知れない――
三郎は雑記帳に目を落としながら考えていた。
美穂も同じように三郎の目を追って、自分の書いた記事を見つめている。きっと考えていることは同じことなのだろう……。
( 完 )
作品名:短編集43(過去作品) 作家名:森本晃次