短編集43(過去作品)
歴史が好きな三郎だが、当時まだ幕末、明治というとブラックボックスだった。立派な人がたくさん輩出された時代で興味もあったのだが、源平の時代や戦国時代に思いを馳せていたので、そこまではまだ行き着かなかった。歴史を時代の流れで見ていた頃なので、戦国時代から幕末への興味は時代の流れという意味では江戸時代だけが別格だったのだ。
だが、その思いは初めて訪れた萩という街で一変した。一緒に行く人がいたことも影響があったかも知れない。彼は幕末には造詣が深く、いろいろ解説をしてくれた。下手な観光ガイドよりもよほど詳しいに違いない。
萩の街並みが一番興味をそそられた。自分の育った田舎にも、小さい頃は武家屋敷に似た佇まいを見ることができたからである。小さい頃に育った田舎のイメージは舗装されていない道に、垣根があって、その向こうには木でできた塀が続いている。
その時に木の香りを感じたのだった。子供の頃に感じた木の香り、明治時代そのままの街並みであるにもかかわらず、同じ佇まいを感じる萩の街に魅入られたのは、木の香りを嗅いだことに他ならない。
大学一年で訪れた萩の街、もう一度来るんだと心に決めていた。
萩という街は夏みかんで有名な街である。おいしい夏みかんジュースを飲ませてくれる店があると聞いて立ち寄った。その店は人吉で今雑記帳を見ている店と変わらないほどこじんまりとしていて、有名な観光地で、しかも名物がおいしいという店のわりにはあまり広さを感じない。
ちょうど店に立ち寄った時間は、あまり人のいない時間帯だった。一組アベックがいたが、萩へ来るきっかけを作ってくれた前日から友達になった人と三郎の二人だけで貸切の時間帯を作ってしまった。
時間帯が遅かったのだろうか。午前中、下関を観光してからだったので、遅くなってしまった。店に入った頃には夕日が傾きかけていて、時計を見れば午後六時を回っていた。
雑記帳というのを見たのもその時が初めてだった。学生の書いている文句ばかりが目立った。社会人が書いている内容があまりピンと来ないのも大学生になりたての一年生では無理もないことだが、学生の書いている他愛もない内容に半分自分を照らし合わせて読んでいた。きっと、人吉に来て今読んでいる雑記よりも、一つの文章を読んでいた時間が長かったことだろう。
その時、書こうかどうしようかかなり迷っていた。しかし、書こうと思ったのは、また一年後に訪れてみようと考えたからだ。
――もう一度来るんだ――
と心に決めたのは、雑記帳に書こうと思ったからに他ならない。
――まるでタイムカプセルのようだな――
未来の自分へのメッセージを地中に埋めるのがタイムカプセルである。一年後の自分がどんな気持ちになっているか、そして、一年前の自分をどんな目で見つめているか、そのことを知りたいと思うのも無理のないことではないだろうか。
美穂の記事を見てその時の自分の心境を思い出した。目立つことを知らなかった自分、しかし目立ちたいと思っている自分、そのジレンマを雑記帳に書かれた内容が物語っていた。本当は、
「この街は綺麗ですね。訪れてよかったです」
というありきたりな文章に収めるつもりだったのだが、それだけでは気が済まないのも大学一年生だった三郎の考え方だった。
その時の気持ちは今も変わっていないはずだが、表に出すことはない。まわりの環境がそれだけ変わってしまったのだ。
自分の好きな女性がどんなタイプの人かということを悟り始めたのは、ちょうど大学一年生の頃だったように思う。小学生の頃から比べれば、大学生になるまでに自分自身がかなり性格も変わってきているので、好きになる女性のタイプも当然変わるのも当たり前である。
高校の頃などは、賑やかな女の子に憧れたものだ。まるでアイドルのような女の子がいいと感じていた時期があったが、それはあまり長続きしなかった。
――自分と似合うわけもないか――
と感じ始めたからである。
女性を気になり始めた頃というのは、彼女と一緒にいる時間を思い浮かべて楽しいような相手が、きっと自分の好きなタイプの女性だと思っていた。それはもちろん今も変わっていないが、高校の頃というとどうしてもアイドルに憧れてしまう時期だったりする。
――一緒にいるところをまわりが見ると、きっと羨ましがるに違いない――
そんな気持ちがあったのも事実である。まわりに対してのコンプレックスが溜まっていたのも高校時代だったのかも知れない。
中学時代まではあまり目立つことのなかった三郎が、高校生になると、まわりから注目されたいという思いに変わったのはなぜだろう。女性に興味を持ち始めたのが遅かったこともあって、それまでの自分の人生が間違っていたように思えてきたのだ。特に好きになった女性に対してだけ感じていた。
まわりの男性というよりも気になるのは女性である。思春期というのは、そんな時期ではないのだろうか。
三郎が大学一年の時に初めて訪れた萩の街を好きになった理由の一つに、気になる女性がいたからだ。
結局はなしはほとんどできなかったけれど、
――気になる女性を見かけただけで、これほど街の雰囲気が違ってくるというのも不思議なものだ――
と感じたほどだったが、それも家に帰ってきて思い返して初めて感じたことだった。
まず夕日の明るさが違っていたように思える。
夕方に訪れた城址、お濠の表から現存している城壁を見た時に、その向こうで輝いている夕日を見た時、久しぶりに感じた眩しいという思いであった。それまでにも眩しさを感じることはあったが、ここまで気だるさが一気に噴出してくるような眩しさは今までにはなかった。足が一気に痺れを感じ、すぐに感覚が麻痺してしまいそうだった。しばし夕日を見ながらその場に佇んでしまうことを余儀なくされていた。
一緒に行った人も同じだったのかも知れない。その時のことはお互いに触れないようにしていたのは、
――まるで幻でも見たのではないか――
とお互いに感じていたからかも知れない。
一緒だった友達とは萩まで行動をともにした。次の日は別れたのだが、連絡先を聞きあって別れたわりには、お互いにどちらからも連絡を取ることはなかった。
――せっかく友達になったのにどうしてなんだろう――
と思ったが、案外旅行先で友達になった人というのは、そういうものかも知れない。
他の土地に行けば新しい友達ができる。そうすれば、最初にできた友達のイメージが次第に薄れてくるのも当たり前である。
三郎も一緒に行った人の記憶は薄れ掛けていたが、萩という街のイメージは膨らむ一方だった。気になる女性がいて声を掛けられなかったという事実、それがさらに萩という街を幻想的に記憶の奥でとどまらせているに違いない。
一年後に来た時、やはり同じ喫茶店に行って雑記帳を見た。時間も同じくらいの夕日が沈みかける時間、そしてその前にはお濠から見える城壁を通しての夕日も見てきた。一年前とほぼ同じコースで観光していた。
作品名:短編集43(過去作品) 作家名:森本晃次