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聖夜の伝染

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 彼はある意味、すべてに中途半端だった。確かにしっかりはしているが、しっかりしているのは、自分に関わるところだけで、他人に関わるところは、関知しないというところが彼にはあった。確かに人のことに深入りするのはいいことではない。そういう意味では正解なのだろうが、冷静さとは違う意味での冷酷さを垣間見てしまっては、中途半端に見えてしまうのも仕方がないことだった。
 恵美は、彼とは精算しておく必要があると思っているが、その思いは彼にもあるだろう。冷めてしまって修復不可能だと思えば後は別れるだけしかないのだが、いかに別れるかも問題であった。
――嫌いだから別れる――
 ただこれだけの理由では、自分を納得させられるわけはないと思うようになっていた。
――クリスマスは、あの男に引導を渡すチャンス――
 約束した場所に現れて、彼に対して、最後通牒を言い渡す。
「あなたは、私じゃなくってもいいんでしょう?」
 最初は穏やかに話していたが、なかなか自分の気持ちを表に出そうとしない彼に対し、次第に業を煮やしてくる。
――何を言われても、決して取り乱すことがないようにしよう――
 と思っていたくせに、相手が反応を示さないという態度に出られると、恵美はどうしようもなくなってくる。
「……」
 何も言わず、下を向いて考え込んでいるわけでもなく、自分は悪くないとでも言わんばかりに前を向いているが、決して恵美の顔を見ようとはしない。そんな男に対して、恵美はどのような態度を取っていいのか、考えあぐねていた。
 今日は自分から、
――引導を渡してやるんだ――
 と、意気込んでいただけに、出鼻をくじかれたようで、実に悔しい。どうせ別れるのだから、気にすることはないのだろうが、自分が納得できないことが悔しかった。
「もう、あなたとはここまでね」
 精一杯の虚勢を張った恵美だったが、声は枯れていた。口惜しさからなのか、身体の震えが止まらない。
――これで私は自由なんだ――
 と自分に言い聞かせ、まだまだこれから新しい出会いが待っていると、いい方にばかり考える。それが恵美の本当の性格であれば、いい性格だと言えるのだろうが、かなり無理をしているところも見受けられる。そう思うと、なぜか自分を可愛そうに思ってしまう恵美だった。
 とにもかくにも嫌になった男に別れを告げて、
――これで私は自由だ――
 と思った恵美、今日のクリスマスをいかに過ごせばいいのか、新鮮な気持ちで思案しているのであった……。

                   ◇

 待ち合わせで賑わう場所は、今さら嫌だった理沙は、男に偽りの自分を見せつけることで、引導を渡した記念と、今まで頑張ったという気持ちを込めて、自分にご褒美をあげたいと思い、輸入洋品店にやってきていた。
 高価なものから、リーズナブルなものまで、普段気付かないものを発見できることが嬉しかったのだ。
 お金の問題ではなく、目が行くことのないものを、ゆっくりと見るだけで、気持ちに余裕が生まれたのを感じた。
――これからは、自分のために時間を使えばいいんだわ――
 と思った。
 それは今までの理沙の考え方からすれば、少し矛盾している。誰かそばにいてくれる人がいて、その人と何でも半分分けというのが、理沙の中では理想の幸せだったはずだ。付き合っていた男と別れたからといって、急に性格が変わるというのもおかしいものだ。今まで味わってみたかったが、自分の性格を分かっているだけに、一歩踏み出すことに勇気が持てなかったのだろう。男と別れたことを契機に、今後は今までに考えたことのない考えが余裕の中から生まれてくるのではないかと思うのだった。
 時計や宝石のような高価なものから、ネックレスなどは、少し安めのものがあった。物色しているとなかなか決められないもので、理沙は、高価なものと安価なものを選ぶのに、それほど時間が掛からないが、中途半端な値段のものを買うのに、迷いに迷う性格だった。考え方が、堂々巡りを繰り返すのだ。
 そんな理沙は、可愛らしいものが好きだった。高価なものだったり、宝石のような煌びやかなものよりも、見た目で可愛いものの方が、好みだった。ビジュアルにこだわると言っていたが、物の価値という意味ではなく、見た目の美しさよりも可愛らしさを選ぶのだった。
 それが中途半端な値段なのだから、困ったものだ。気持ちに余裕のない時は、自分が情けなくなってくる。だが、気持ちに余裕があれば、時間を掛けて選ぶことも苦にならない。色も派手なものを好み、真っ赤だったり、濃い目のピンクなどが好きだったりする。
 だが、今日は少し大人になりたかった。他のイベントの時と違い、聖なる一日だという意識は子供の頃からあった。朝起きて雪が積もっていたりすると、その日一日が真っ白い雪に反射する光をイメージしたまま過ごすことになる。やはり、クリスマスには純白が似合うのだろう。
 雑貨屋のようなところを覗くのが以前から好きだったが、クリスマスには雑貨屋だけにこだわらず、今まで高価すぎて立ち寄ったこともない店にも顔を出してみた。
 見て見ぬふりをしていたことを、今さらながらに思い知った気がした。煌びやかな光が目を差す感覚は、まんざらではない。今まで自分が捻くれていたのではないかと思えるほど、高価なものの煌びやかさには、驚かされた。最初から自分には縁のないものとして考えていると、煌びやかさが、まるで自分を責めているように思えてくる。
 赤い宝石に目が行った。
 今までは可愛らしさを追求することで赤を求めていたが、宝石の放つ赤い色は、派手さを映し出すものではなく、落ち着いた輝きに見せるものであった。ダイヤモンドのように透明な明るさのような果てしなさと違い、赤は放つ光を制限できるほどになっているのだった。
 光沢が光の屈折と相まみえて放つ光を眩しすぎると思うのは、やはり捻くれているからなのかも知れない。光を制限してくれる赤い石、ルビーと書いてある石に理沙は虜になってしまった。
 少し高い買い物だが、ダイヤモンドに比べれば安いものだった。店員さんに指を合わせてもらう時に嵌めてもらう時、まるでお嬢様になったかのような気分だった。
 ブルジョワの気分が味わえるのも悪くないと思っていると、自分が可愛いものばかりにしか目が行かなかったのは、それだけ子供だったのだと感じた。
 ルビーを指に嵌めただけで、恋人をいないことの寂しさを忘れられるような気がした。だが、本当は彼氏がいるに越したことはないと、さらに寂しさの要因が漂う気分から、開放されたいという思いに駆られていたのだ。
 ルビーを買ったそれだけのことで、その日の自分が救われた気がした。さっきまで自分を偽っていたのがウソのよう、
――やっぱり偽りの人生なんて、嫌だわ――
 まわりに対して偽るのはまだしも、自分自身に対して偽りを残すのは、嬉しいことではない。自分に嫌悪を感じるようになるのではないかと思うのは、忌々しいものだ。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次