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聖夜の伝染

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 恵美は、自分にないものを相手に求める性格であることに最近気付き始めた。紹介された彼は確実に自分にないものを持っていて、しかも、しっかりしているのはありがたいことだった。
 恵美のもう一つの性格として、茶目っ気のあることも一つであった。
――私だけが、本当の彼の性格を知っている――
 ということで、彼が外見から頼りない男性であって、自分が彼を支えているというイメージをまわりに抱かせるのは、実に気持ちのいいことで、快感でもあった。それを茶目っ気と言っていいものなのかどうか分からないが、心の中でまわりを見ながらほくそ笑んでいるのは事実だった。
 彼がまわりに与えるイメージの大きさは分かっていたが、恵美は自分がまわりに与えているイメージを分かっていない。人のことは良く分かっても、なかなか自分のことは分からないものだ。それに気付かなかったことが、恵美にとっては、一つの欠点として近い将来気付くことになるのだった。
 付き合いは長い方だったかも知れない。もし彼の本当の姿を知らなければ、そのまま付き合っていくと、次第に結婚という文字も見えてきて、大学を卒業する頃には、結婚の二文字が見えていたに違いない。
――長すぎた春――
 という言葉があるが、それとは少し違う。
 長すぎた春というのは、付き合っている相手に対してマンネリを感じてしまうことをいうのだろう、または、あまりにも幸せに感じてしまい、下手に行動を起こすことを戸惑っているうちに、何もできなくなってしまうことで起こってしまう不安感が、気持ちの中で膨らんでくることから来る相手との不協和音が、次第に別れに繋がってくるものだと思うのだった。
 どちらかというと、やはり後者の方だろう。
 彼に対してマンネリ化を感じることはない。同じ性格であれば、相手のこともすべて分かったような気になるので、マンネリ化と言えなくもないだろうが、そうではないのだ。性格が違うから、相手をよく観察しようと思う。そこにマンネリ化は感じられない。なぜなら別れる寸前まで彼のほとんどが分からなかった。分からなかったことが不安感に繋がったというよりも、やはり、幸せボケが不安感を呼び起こしたのだ。
 だが、不安感だけで別れを決めたわけではない。
 彼の中にある冷静沈着な部分が、別れる少し前に見えてきた。
――こんなに長い間付き合っていたのに――
 もう、三年以上も付き合っているのに、彼の冷静沈着さを見抜けなかった。確かに彼が意図して冷静沈着さを隠そうとしていたことが見えていたはずだということは、後から考えれば見えていたことだった。
――一体私は彼のどこを見ていたというのだろう?
 という考えが、恵美の中にあり、彼に対してどう話をすればいいのか、不安感の前に、接し方からして分からなくなっていた。
 軽い人間不信なのだろうが、恵美は軽い人間不信に陥ることはそう珍しいことではなかった。
 人間不信というのは、相手が信じられないというよりも、相手を信じていたはずの自分が、分からなくなることで起こることの方が圧倒的に多いような気がする。
 恵美にとって、人間不信は今に起こったことではない。子供の頃には何度かあった。それが躁鬱症の始まりであることを、その時は分からなかったが、それに気付いた時というのが、彼に対して不信感を抱いた時だ。
――一緒にいて、不快だわ――
 と感じるようになると、ほんの少し距離を置いて座ったりする。彼が近づいてくると、思わず腰を引いてしまうのだが、そんな気持ちを彼も察知するのか、その時から、恵美の身体を求めなくなってきたのだ。
 そのことに、彼も気づいていたのだろう。勘が鋭いというのか、それとも自分に対して不利なことがまわりで起これば、感じ取れる力があるからなのか、恵美の態度の変化には聡かった。
 すると、次第に露骨さが見えてくる。それを冷静遅着だと思っている恵美の見込み違いではあろうが、お互いの気持ちは次第に遠ざかっていく。
 どちらにとって有利なのか分からない。
 冷静遅着な露骨さは、恵美に不愉快な思いしかさせない。彼の中で、恵美に対して、不愉快な思いをさせてやろうという気持ちがあったことは、本人にしか分からないだろうが、露骨さから、恵美にも分かっていたようだ。
――どうして私がこんな目に――
 と、恵美は次第に被害妄想に陥ってきて、自分を悲劇のヒロインに仕立て上げることで満足しようと思うようになっていた。
 特にひどいと思ったのが、二人でバスに乗った時のことだった。
 バスは、適度に混んでいて、それでも、何とか人が座れるくらいの混み具合だったが、次の停留場で、少し多めに人が載ってきた。
 その中で老人が横に立っていたのだが、今までの彼だったら、
「どうぞ、こちらに」
 と言って、席を譲ることが多かったのに、その時は無視していた。しかも無視の仕方が露骨だったのだ。
 なるべく見ないようにしようとする態度が現れていて、まるで苦虫を噛み潰したような何とも言えない表情になっていた。舌うちが聞こえそうなほどの露骨な態度と表情に、恵美はウンザリとした。
――何もそんな顔しなくてもいいのに――
 と思ったが、やはり、嫌になり始めている人は、どんなことをしても、嫌なのだ。完全に
――あばたもエクボ――
 の逆である。
――そんな彼の顔を見ている自分もきっと嫌な表情になっているに違いない――
 と恵美は感じたが、そんな表情にさせたのも、元々彼が悪いと思うと、自分のことまでも相手のせいにしてしまいそうになる。これが恵美の悪いところである、整理整頓ができないというところに繋がっているのかも知れない。要するに分類ができないのだ。
 露骨な態度を冷静沈着な雰囲気が、さらに冷たさを増している。冷静沈着というよりも、冷酷さが滲み出ているような態度に、恵美は怯えさえ感じられた。
――さっさとこんな男から逃れないと――
 今まで何年も付き合ってきたことにゾッとしたものを感じる。今まで彼の本性に気付かなかった自分がどれほど鈍感なのか、そして気付かせなかった彼が、どれほど巧みだったのかと思っただけで、人間不信と自己嫌悪が一緒に襲ってきたようで、どうすることもできない自分に苛立ちを覚えていた。
 彼のことに違和感を感じるようになったのは、バスの一件だけに限ったことではない。子供のことが好きだと思っていて、実際に結婚して子供が生まれた時の将来のことなど一緒に話をしたことがあったが、その時の楽しそうな笑顔がウソだったかのように、子供がそばに来るだけで、嫌な顔をしたのだ。
――まるで別人だわ――
 同じ感覚を味わうことがお互いの楽しみだと思っていたのに、潔癖症のように、恵美が触ったものが、まるで汚いものであるかのように振る舞っているのは心外だった。
――この人は、わざと嫌われようとしているのかも知れない――
 普通に嫌われる方法を知らないのか、露骨以外に嫌われる術を知らないのではないだろうか。自分から相手を振るよりも、相手からフラれる方がまだマシだとでも思っているのだろうか。いろいろな憶測が宙を舞っているようだが、嫌われたいと相手に思わせることもないのは、却って潔いとは言わないだろう。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次