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聖夜の伝染

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「私が思うに、人にはいくつもの付属的なものがくっついている。それが魂であったり、影であったりって思うんですよ。二重人格と呼ばれる性格もその表れで、別に特殊なことではないと思うんです。そういう意味では躁鬱症も同じではないでしょうか? だから、性格が合っていると思って付き合ってみても、すぐに別れることになってしまったり、ついていけなくなってしまったりする。今までその人のことを一番理解していると思っていただけに、別れる時になると、一番分からない人に豹変してしまうわけです。未練が残るのも仕方がないことであり、また自分が信じられなくなって、自己嫌悪に陥る人もいるでしょう。その自己嫌悪が激しくなると鬱状態を引き起こす。元々人は誰でも躁鬱症を潜在しているものだと私は思っています。だから、一旦鬱状態を経験すると、その反動で躁状態も表に出てくる。突発的に躁鬱症になったと思っている人は、まず鬱状態から入ったと思います。でも、意外と本人はそのことに気付かないものなんですよね」
 武雄は饒舌であった。
 この話は以前から暖めていて、やっと話す機会を得ることができたのか、それとも今まで考えていたことが、今になってやっとまとまってきたのか、こんな話をするのは、恵美が最初だというのも、まんざら嘘ではないだろう。
 一度一呼吸置いた武雄がさらに語り始めた。
「まるで伝染しているような感じですね」
「伝染?」
「ええ、感染と言ってもいいかも知れませんが、僕は人の性格は、もちろん、その人の経験してきたことと生まれ持ったものから形成されているということを信じてはいますが、もう一つ他人から影響を受けることもあると思うんですよ。普通なら、他人の影響を受けるというのは性格を形成する中では、あまりにも弱すぎる気がするんですが、二重人格性だったり、躁鬱症だったりするものは、人の付属品である魂や影の影響を受けて、知らない間に感染してしまっているのではないかと思うんです。魂も影も目に見えるものではない。実際に彼女の病室で僕はそのことを感じてきたと思っているんですよ。だから、知らず知らずに影響を受けてしまい、それが絆を深めるものであるならまだしも、どうしても受け入れられないものであれば、別れるしかない。むしろこっちの方が圧倒的に多いような気がする。性格の不一致だというハッキリとした理由もなく一方的に別れを切り出す人がいるけど、それも本人には性格の不一致と言葉には出すけど、どこが不一致なのか分かっていない証拠なんでしょうね」
 それは恋愛感情にも言えることで、かなり遠まわしであったが、達郎と恵美、武雄と理沙の間にも渦巻いているのかも知れない。特にこの四人はお互いのことをほとんど知らない者同士、知れば知るほどお互いに距離を離していくことになるのかも知れない。
 恋愛感情が伝染するという話を誰かから聞いたような気がした。それもすごく最近のことだったように思ったが、俄かに思い出せないのは、最近特にいろいろなことがあって、すべてが遠い過去と変わらない気分になってしまったからなのかも知れない。
 武雄の話をいろいろ聞いていると、達郎と付き合っていけない気持ちと同時に、武雄という男性も、自分とはやはり住む世界の違う人であることが分かってきた。話している内容に対して理解できるところと、理解できないところ、
――理解してはいけない――
 とも感じられるところがあることから、恵美はますます自分が孤独が似合う女性であることに気が付いてきた。
 学生時代にあれだけ男性からちやほやされた。ちやほやされることが自分の才能のように思っていた。
――自分で作ったわけでもないものを褒められても、どこが嬉しいというのだろう?
 そんなことはとっくの昔から分かっていたはずだったのに、どういうことだろう。
 だが、大学を卒業し就職すると、次第にちやほやされることがなくなってきた。自分でもある程度落ち着いてきた気持ちになっているので、ちやほやされないことに戸惑いはないのだが、どこか寂しさがこみ上げてくる。ちやほやされないのなら、それはそれでよかった。一番悪いのは、急にちやほやしてくる人が現れて、寂しさを紛らわせることがそのまま幸せだと思い込み、相手がどんな人であっても好きになってしまうのではないかということだった。本人にそこまで意識できるはずもなく、武雄や達郎の存在が、ひょっとすると、恵美を有頂天にする存在になっていたのかも知れない。最近の恵美は自分で自分のことが分からなくなっていた。住む世界が違う人まで、同じだという思いを持つことで、自分を混乱させることになってしまうことを、理解できる寸前まで来ているのだが、頭では分かろうとしても、すべてを網羅できるほど感情は落ち着いていなかった。恵美は、これからどうすればいいのかを模索している最中でもあったのだ。
 恵美は、それでも「伝染」ということを意識できていた。今までたくさんの男性と付き合ってきたという意識をなかなか持てなかったのは、そのほとんどが自然消滅だったからだ。
 恵美の中で理解できない別れ、何も言わずに恵美の前から消えた男性もいれば、言い訳がましく、どこか釈然としない別れ方をした男性もいる、そんな男性のほとんどは、恵美に対して、
――嫌われたくない――
 という思いがあったのかも知れない。ただ、それは恵美に対しての気持ちというよりも、自分の体裁を考えているだけのことで、ある意味、
――下手な気の遣い方が、却って相手を傷つけることになる――
 という見本のような人なのかも知れない。
 恵美にとって、ハッキリと別れを告げる男性の方が、恵美の中で未練が残ってしまう。負けん気の強さがあるからなのか、それともプライドが許さないのか、似たような理由に聞こえるが、実際には正反対である。負けん気の強さは、根拠はないが、ただ自分の中で許せないという気持ちを高めるだけの理由が相手にある場合で、プライドの高さは、恵美自身の心の強さに密接に影響してくる。
「プライドとは、自分で自分を高めることのできる根拠だ」
 と言っていた人がいたが、まさしくその通りである。
 今までにハッキリと別れを告げてきた男性に、恵美の方から強く出たことはなかった。だが、一人だけハッキリと別れを告げてきた相手と、言い争いになるほどのことがあったのを思い出した。
 その人は、元々友達から付き合い始めた相手だった。
 恵美は、友達から付き合い始めた人はその人だけだった。それまでは相手から告白されて付き合うことになったり、人の紹介ということもあったが、恵美から告白した人は一人もいなかった。だから、友達から付き合い始めるという考えは恵美にはなかった。友達として付き合っていると、男性の方から、
「恵美を彼女として見ることができないんだよ。恵美は特別な女性なのかも知れないな」
 と言っていた人がいた。
「もし、友達じゃなかったら、声を掛けたかも知れないのにな」
 と言って笑っていた。
 その時はその気持ちがよく分からなかったが、今では理解できる気がする。恵美もその人から声を掛けられたら、一にも二にもなく、付き合うという返事をしていたに違いない。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次