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聖夜の伝染

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「僕は高校時代に一人の女性を好きになったのですが、その人が病気がちで、よく田舎の方の療養所に学校を休学して長期入院していたんです。高校二年生の夏休み、自分も彼女の療養所の近くに一週間ほど滞在したことがあったんですが、もちろん、親も公認だったからですね。その時、毎日のように彼女のお見舞いに行っていました」
 武雄の話は、どうにも突飛な感じがしたが、それは今まで誰にも話をしなかったからなのか、それともわざと意識をしないようにしていたからなのか、知り合ってからさっきまでの武雄のイメージとまったく違った雰囲気を醸し出させることで、話の中に引き込まれていくのを感じた。
 恵美には田舎の雰囲気というのが分からないが、武雄の話を聞いていると、まるで目に浮かんでくるような気がするのが不思議だった。もしかしたら、武雄の話を聞きながら、自分が武雄の好きだった病気がちの女の子になったかのような錯覚に陥り、まるで自分の話を聞かされているのではないかと思うくらいだった。
 武雄は話を続ける。
「その女性は、いつも表を見ていて、次第に枝から落ちていく葉っぱを気にしていて、最後の一枚が落ちると、自分は死んでしまうんだって言って、笑ってました」
「それで、まさか最後の一枚が落ちた時に、本当に死んだとかいうお話なんじゃないでしょうね?」
 どこまでが本当のことなのかが分からなくなってきそうだったので、先に考えを述べた方がいい気がした。だが、信じてもらえないというような話にしては、少し単純な気がした。オカルトであれば、それで納得がいくのかも知れないが、どうもオカルトという感じでもない。まだ話に続きがあるのではないかと思われた。
「そうじゃないですよ。それじゃあ当たり前のオカルトになってしまう。僕が話したいのは、さらに続きがあるということなんです」
 そして、少し呼吸を整えるようにしてから、
「確かに彼女は、表に見える木の葉が抜け落ちたのを最後に危篤状態に入りました。彼女の病室は個室だったんですけど、さらに集中治療室に移されたんですよ。元々彼女がいた部屋には、それから誰も入ることはなかった。彼女が病状が良くなってから、戻ってくる場所がなくなるからですね」
「そういうこともできるんですね?」
「田舎の療養所なので、そんなにたくさん入院患者がいるというわけではないんです。彼女が戻ってくるまでは、だからその部屋は彼女の部屋であって、空き部屋ではなかったんですよ。したがって毎朝の掃除も掃除婦のおばさんたちの手で委ねられ、綺麗に保たれていたんです」
 さらに続けた。
「綺麗に保たれる中で、急に誰かが気持ち悪そうな噂が立つようになった。時々、誰か人の気配がするというんですよ」
 誰もいない部屋に気配を感じるというのは、想像するに温もりを感じたということであろうか? 温もり以外に形が残るものもあったのではないかと、恵美は話を聞いていて、思ったのだった。
「人の気配というのは、そんなに簡単に感じられるものなんでしょうか?」
「そうなんですよ。問題はそこで、人によって感じ方がさまざまだったようなんですが、人の気配というだけで、気配の正体が何なのか、その時は誰も気が付かなかったんですよね」
「それで?」
「彼女は病気の山を越えて、また部屋に戻ってきたんですけど、その後、私にはその時に感じた気配の正体を知ることになったんです」
「それはどうして?」
「彼女が部屋に戻ってきてから、一週間もすれば元気になって退院していったんですけども、入院している部屋にいくと、今度は逆に気配が感じられなくなった。そして退院してから部屋に入ると、今度は気配を感じるようになったんです。その理由が分かったのは、彼女が退院する前の日でした」
「一体何だったんですか?」
「影です」
「影?」
「ええ、彼女が部屋にいる時には、まったく影を感じることはなかった、明るい部屋の中で、人がいるのに、暖かさを感じないという異様な雰囲気だったのは、彼女に影を感じることがなかったからなんですよ。退院してからそれを確かめるために、彼女のいなくなった病室を再び訪れると、影があるのを感じた。暗い部屋だったので、ハッキリと感じたわけではなかったんですが、彼女の入院最終日に感じた「影のなさ」の余韻が残っていたおかげで、暗い中に彼女の影を感じることができたんですよ」
 武雄の話の前半にあった、窓の外の葉っぱが抜け散る話は、すべては影の話の前座でしかなかったというのだろうか。それとも彼女の中に存在しているであろう影が、葉っぱが落ちるのを暗示させたというのだろうか。
「僕は、彼女の影というものは、彼女自身が自分の中に持っているのではないかと思ったんです。普通は物体に光が当たった時、その後ろにできるものが影であるはずなのだが、彼女の場合は、自分の中に潜在して持っているのではないかという思いを抱いてしまったのは、本当に突飛すぎるけれど、そう考えれば自分なりに納得のいく結論を導き出すことができるんですよ」
「突飛であっても、元々が不気味な話なんですから、それを納得させようとするなら、少しくらい常識の範囲を超えていてもいいと思うんですよ。まずは自分を納得させないと、そこから先へは薦めませんからね」
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいですよ」
 恵美は、武雄が何を言いたいのか、ハッキリしたことは分からなかった。だが、こういう経験を持っていることで、武雄の中にある二重人格性がどのようなものか、おぼろげに想像できてくるようだった。言葉で結論だけを言われてもハッキリしない。
「僕は、最後に誰もいなくなった部屋に影を感じた時、その影が彼女のものだとはどうしても思えなかった。そう思うと、影は一つではないように感じたんですよ。そこにはそれまでの入院患者の影が残っている。つまりは、その部屋に入院していて、そのまま亡くなった人の影がいつも佇んでいる。人がいる時には顔を出さないが、いなくなったら顔を出す。魂はあの世に行ったか、どこかを彷徨っているのかも知れないけれど、影だけがその場で佇んでいる。その部屋だけに限ったことではないのかも知れないと思うようになりました」
「何となく言いたいことは分かるような気はするんですが、結局はどういうことなのでしょう?」
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次