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聖夜の伝染

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「ええ、もちろん、分析できないところの方が圧倒的に多いんですが、少しでも突破口が見えると、そこから発想を巡らせるのは我ながら得意だと思っているので、どんどん発想を膨らませました。でも、そこで壁にぶつかったんです」
「壁にぶつかった?」
「もちろん、自分に関係のある人であることは当たり前だと思っていたんですが、その人本人ではなく、その人に関係のある人が思い浮かんでしまったことが、不思議で仕方がないんです。ここまで言えば分かると思います」
 なるほど、自分に関係があるのは由紀であるが、理沙の後ろに見えたものが由紀ではなく美佐枝だというのであれば、理沙の後ろに見えた理由も分からなくもない。ただかなり強引な考え方であることは否めなく、しかも、達郎が只者ではないというイメージを植え付けられることになる。
「それで、美佐枝さんのことが気になったわけですね?」
「実は、この間、理沙さんが美佐枝さんと会って話をしているのを見かけたんです。その時に二人が知り合いであることを知りました。こんな偶然もあるんですね?」
「え? 私は美佐枝さんと会ったりしていませんよ?」
「僕が幻を見たということでしょうか?」
 何と言われようと、理沙は美佐枝とはずっと会っていなかった。これは一体どういうことだろう?
「それは何とも言えませんけれども、私は美佐枝さんとはここ数年会ってませんね」
「そうなんですね。では、私が意を決して、理沙さんに会いに来たというのも、少しお門違いだったのかも知れないですね。今のお話を聞いて、僕もなぜ理沙さんに会いにきたのかということを、忘れてしまったような気がしたくらいです」
 達郎はそう言って、両手の平を逆さにして、おどけて見せた。
 しかし、達郎の態度には、おどけて見せているだけで、本気で見間違いだとは思っていないようだ。もし本当に見間違いだと思ったのなら、そんな大げさなリアクションを示すはずはないと思ったからだ。完全に理解できるほど達郎とは親しくはないが、自分の後ろに感じるもう一人の誰かが、そう思えるのだった。
 達郎が見たというのが二人とも別人だったと思うのも却って不自然だ。きっと理沙か美佐枝か、どちらかが本当だったのだろう。
「どこで見たんですか?」
 というと、達郎は少し思い返すようにして、
「ここ一週間くらい前だったと思います。そこの交差点で二人が話しながら歩いているところを見た気がするんですよ」
 確かに理沙は、この交差点をよく利用する。
「時間的には?」
「そうですね。夕方近かったと思います、理沙さんよりも美佐枝さんの方が結構話しかけていましたね」
 理沙は美佐枝と一緒にいる時は、確かに理沙から話しかけることはほとんどない。諭される雰囲気だったからだ。
 ただ、喫茶店で面と向かったりすると、自分からも話しかける。そのあたりが理沙が美佐枝を慕っているところの表れだと自分で思っていた。
「交差点ですれ違ったのを見たんですか?」
「そうですね、美佐枝さんは、ずっと前を向いて歩いていました。理沙さんの方が顔を横に向けて、頷いていたりしましたね」
 確かに美佐枝は、歩きながら話をする時でも、理沙の方を見ようともせず、絶えず前を向いて歩いている。それが美佐枝であり、理沙の知り合いにもあまりいるタイプではなかった。
 だが、一週間前といえば、確かに交差点を歩く時に、前ばかりを向いて話をする人と一緒だったことがあった。ただ、その人は美佐枝とは似ても似つかない人であり、いくらちょっと見ただけだとはいえ、見間違えるというのもおかしなものであろう。
 達郎が、理沙と美佐枝を見かけたという交差点では、理沙にも特別な思いがあった。達郎に言われる前から、あの場所で、
――実は誰かに見られていたのではないか――
 という思いが頭を過ぎった気がしたのだ。
 もちろん、それが達郎だったなどとは思っていない。理沙が視線を意識した時期がいつだったのかということをハッキリと覚えているわけではないが、クリスマスよりも前だったような気がするのだ。
 つまりは、達郎と知り合う前だったということだ。
 理沙は、明らかに違っているという思いを持ちながら、それでも達郎が話した時間帯である夕方だったということもあって、話を合わせられる気がしたのだ。
――少しお話に付き合ってみようかしら>
 達郎の口からどういう話が飛び出してくるのかということにも興味があったので、
「あ、でも、私は美佐枝さんと一緒だったというような夢を見た気はしました」
 相手が美佐枝であるというのは、夢で見たような気がしていたので、まんざら嘘ではなかった。しかも、交差点で誰かに見られていたという意識は達郎の話と重なって、想像ができるのではないかと思えてきたのだ。
 誰かに見られるという感覚は今に始まったことではない。他の人に同じような経験がどれほどあるかが分からないので、単純な比較はできないが、少ない方ではないと思う。それだけにいちいち人に話すことでもないという思いと、話をしているとキリがないという思いとが重なって、自分が人に見られているという感覚に慣れてしまっていることに気がついた。
 思い出しながら美佐枝のことを考えていた。
 美佐枝は由紀のことを絶えず気にしている話しぶりだったのだが、理沙にとって、由紀はほぼ関係のない人間であると美佐枝が思っているので、簡単に話もできたのだろう。
「由紀は、自殺未遂をしたことがあるの」
「どうして、自殺未遂などしたんですか?」
「どうやら、その時に付き合っていた男性にフラれたのが原因らしいの。でも、本当は由紀の勝手な勘違いだったらしいんですけどね」
 達郎は、以前四人で一緒に食事に行った時、恵美のいない時間帯が少しできた時に話をしてくれたことと類似していた。その相手が誰なのか知らないまま、夢で美佐枝からその話を聞かされた。
 達郎の話があまりにも突飛だったこともあって、夢に出てきた美佐枝の口から語られたのではないかと思ったくらいだ。それだけ理沙は想像力が豊かだとも言えるだろうが、やはり妄想になるのだろう。
「でも、達郎さんはどうして私にその話をしてくれたんですか?」
「僕は恵美さんの後ろに、その時付き合っていた女性の影が見えた気がしたんですよ。それ以来、躁鬱症に悩まされるようになった気がして、きっとその時から、僕の人生には大きな影が差してきたように思うんです」
「その時の彼女のことを今でも思い出すと?」
「思い出すのは鬱状態の時だけなんですけど、鬱状態というのは、人が思っているよりも、まわりの状態が見えなくなるんですよ。だから、精神状態がその時と同じということはまずありえないので、何とも言えないです。思い出したとしても、それが今の自分にどんな影響を与えているかというのも、曖昧な気がするんですよ」
 と言っていた。
 そんな達郎がまた理沙を呼び出して、今度はハッキリと、美佐枝や由紀についての話をしてくれた。そして自分の後ろに誰かを見ていると言ったが、それが誰なのか気になって仕方がないのだった。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次