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聖夜の伝染

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 もちろん、美佐枝に対して一番の影響を与える相手は由紀であるなどということを理沙は知らない。妹がいるということは知っていても、その妹に対してどれほどの気持ちがあるかなど、その時の理沙に分かるはずもなかった。少なくとも理沙と美佐枝は一緒にいるだけで自分たちの世界がすべてだと思っていたくらいだ。その時に美佐枝が理沙の中にもう一人の自分を見ていたなど、想像もしていなかったのだ。
 それが、なかなか会えなくなって、連絡も疎らになった頃、時間差となって訪れるというのはどういうことだろう。理沙は美佐枝の影響を後になって受けたことで、この後もひょっとして、ずっと美佐枝の影響を受け続けるのではないかと思ったくらいだ。
――会ってみたい――
 そう思ったのは、もう一度会って話をすることで、自分の考えをハッキリさせたいと思ったからだ。それなのに、結婚して連絡が取れなくなると、自分の中に残ってしまった美佐枝を意識しなくてはいられなくなった。その時に、理沙はハッキリと
――自分の中にもう一人の美佐枝がいる――
 と感じたのだ。
 ウスウスは感じていても、目の前にいるわけではない人の影が、まさか自分の中で燻っているわけなどないと思っていたからで、それでもずっと感じているわけではなかった。そして、他の人が自分を見ている時、
――私の中の美佐枝を見ているのだとすれば、困ったものだわ――
 と思うようになっていた。
 それから理沙は、自分の性格を作るようになっていた。自分ではない自分が中にいれば、もう一人の美佐枝が居座る理由も隙間もなくなるだろうと思ったからだ。
 もう一人の自分を作ってみても、美佐枝は都合のいい時にしか現れないのだから、たちが悪い。まるで伝染しているのではないかという思いは理沙の中に渦巻くようになってきて、基本的な考え方として培われるようになってしまったのである。
 理沙がそんな性格であることを最初に気付いたのは達郎だった。
 達郎は理沙が、誰かの目になって、その先に見ている人が、自分に関わりがあった人だということにウスウス気付き始めていたが、それは部分部分であって、接点が見つからない。
 達郎の視線の先にあるものは、理沙だった。自分が恵美を気に入ったのがなぜなのか、最初は分からなかったが、誰かと比較していたことに気付いてみると、それが由紀であることは一目瞭然である。
 由紀と恵美とでは、似ているところは少ないかも知れないが、恵美を見ていると、由紀を見ている感覚に襲われるのだ。
――まさかね――
 その時感じた思いは、
――他の人の目を通して見ているのではないか――
 という思いだったが、当たらずとも遠からじであることを、すぐに否定した。
 否定するということは、それだけ信じてしまうからなのかも知れないということを意識しているからなのだと分かっていなかったのだ。
 理沙が恵美とその日初めて知り合ったことを、達郎も武雄も知らない。
――もし知っていたら――
 本当は知っていれば、ここまで達郎は頭を痛める必要はないのだが、知らないことで、いろいろな発想が頭を過ぎる。もちろん、達郎の頭がパンクしそうになるほど、話さなかったことが影響してくるなど、思ってもいなかったのである。
 理沙はしばらくして、達郎の訪問を受けた。それは初めて知り合ったクリスマスの日から、二か月ほど過ぎた寒い日のことだった。
 前もって連絡を受けて会ったのだが、会うのはこれが四回目くらいであろうか。
 最初はクリスマスに出会った時、二回目、三回目は、グループ交際のように、四人で会って、それからはお互いのカップル同士、邪魔しないようにしていた。恵美とはたまに連絡を取っていたが、お互いに男性のことを口にすることはしなかった。それが二人の間での暗黙の了解だったのだ。
 本当であれば、ここで達郎と二人で会うのはルール違反なのかも知れない。しかし、
「これは君にも関わることなんだ」
 と言われて、つい誘われるままに出てきてしまった。
 まったく後悔していないと言えばウソになる。しかし、理沙が達郎と話をしてみたいと思ったのも事実だった。
 恵美も武雄も知らない喫茶店で会うことにしたのだが、何をどうやって話していいのか分からない。
――呼び出したのは相手なんだし、私は気楽に構えていればいいのよ――
 と自分に言い聞かせたが、それだけでは済まない気もしていた。
 理沙が会社を出た時はすでに日は暮れていた。この時期は午後五時を過ぎた頃にはほぼ真っ暗なので、最近は夜の街に出るのも違和感がなくなってきていた。
 武雄からの呼び出しはそれほど頻繁ではない。会った時は、一緒に食事をして、差し障りのない会話を重ね、お互いに気持ちが盛り上がれば、ホテルへと足を向ける。
 それでも外泊したことはない。武雄の方が、
「帰ろう」
 と言い出すのだ。
 律儀なのか、気を遣っているのか、少し物足りないが、贅沢は言えない。押しつけや暴言を吐く男にはウンザリし、
――ひょっとすると、男運が悪いのでは?
 と思いたくなるほどの人生にいい加減「さよなら」したいと思っていた理沙にとって、武雄は、
――もったいないくらいの男性――
 だと思っていた。
 ただ、今まで男性に対して、感じたことのない思いを彼に感じていた。それは、
――物足りなさ――
 であり、少なくともいいことではない。律儀な男性を嫌いではないのだが、束縛は嫌だった。彼からすれば気を遣っているだけのことなのに、それを物足りなさだと感じられてしまってはたまらないだろう。だが、人の感情に蓋をすることはできず、理沙は自分も欲深い女性であることを痛感していたのである。
 武雄はベッドの上でも淡白だった。何と言っても、果ててしまった後に、抱きしめてくれないことが理沙には不満だった。だが、それを誰にも相談することもできず、
――男性というのは、そんなものなんだ――
 と思い込むことで我慢しようとしていた。ただ、このままいけばセックスに対して嫌悪感を持ち、次第に男性不信に陥るという道を歩んでしまうのではないかという危惧を、まだ感じていなかったのである。
 そんな時に達郎から、
「君に相談があるんだ」
 と言って連絡があった。
 理沙は、すぐに、
――恵美のことで相談があるということなのかしら?
 と感じた。
 もしそうであれば、
――どうして自分がそこまで他人の恋の行方について絡まなければいけないのか?
 と憤慨してもいいはずだったが、あまり嫌な気はしなかった。
 達郎の話を聞いてみたいという思いも正直な気持ちであるし、達郎がどんな話をするかということよりも、その時の達郎がどんな顔をするのか見てみたいというのが、正直な気持ちであった。
 普通であれば恵美という女性がいるのに理沙に会って話をしたいというのだから、少しは後ろめたい表情をするのかどうか、それが気になったのだ。理沙には達郎の後ろめたい表情が、どうにも思い浮かばなかった。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次