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聖夜の伝染

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 美佐枝の性格から考えて、すぐに相手の話を自分のことのように考えてしまうことで、苛立ちを強めるのも当たり前だろう。また、潔いという美佐枝の考えの根本からは、絶対に苛めなど容認できるはずなどないのだ。少しでも深入りさせてしまうと、美佐枝は何をするか分からない。後先を考えずに相手の家に乗り込んでいくかも知れない。そうなれば、もう収拾がつかなくなるだろう。由紀は相手が美佐枝であれば、自分が冷静に考えることができることをその時に分かったのだ。
 美佐枝が人と関わりたくないと思ったのは、もちろんたった一人の妹を守りたいという思いがあるのも事実だが、
――人の幸せを妬んではいけない――
 という思いが強かったからだ。
 人の幸せを妬むということは、それだけ自分が惨めになるだけだということを分かっていたからであろう。
――潔い性格――
 というのは、ここから培われたものではないだろうか。人の幸せを妬まないようにするには、人と関わりをなるべく持たないようにするのが一番だ。
 元々、あまり人とつるむことが好きではなかった美佐枝には、人と関わらないことは苦になることではなく、却って願ったり叶ったりの気持ちだったのだ。
 一人だけ例外があるとすれば、それが妹の由紀である。他の人と関わりを持たないことで、無意識の中にある寂しさが、由紀を見ていることで顔を出すのだ。
 美佐枝は、由紀の中にもう一人の自分を見つけたような気がした。もう一人の自分は由紀の中から、こちらを見ている。もちろん錯覚に違いはないのだが、由紀を見ていて鏡を見ているように思うことがあるのは、そのせいであろう。
 寂しそうな顔を由紀がした時に、
「これが私の一人の時の顔なのよ」
 と言われてハッとした美佐枝だったが、それは由紀の中にいる自分から言われたような気がしたからだ。言われた時に、すぐには分からなかったが、自分を見つめる眼差しに、美佐枝は何も言い返せなくなっていた。美佐枝と由紀の間には、姉妹というだけではない何かが存在しているのかも知れない。
 美佐枝はまたこんなことも考えている。
――自分の中にも、もう一人の由紀が存在しているのかも知れない――
 そういえば、以前、由紀と付き合っている男性から、
「もし、由紀ちゃんを好きになっていなければ、お姉さんを好きになったかも知れないです」
 と言われたことがあった。
「何言ってるのよ。お上手ね」
 と、照れ笑いを浮かべたが、美佐枝はその時決して照れ笑いを浮かべたわけではない。相手の男性の視線に圧倒され、ゾッとしてしまったのだ。
「余計なことを言ってすみません」
 相手の男の子は急に我に返ったかのようにハッとして、少し寂しそうな顔になり、謝ってくれた。
 その場の雰囲気は凍り付いたようになり、他に誰もいなかったことは幸いだったが、もし誰かいたとすれば、異様な雰囲気はまわりに伝染していたに違いない。それほど、美佐枝にとっても彼にとっても前にも進めない。そして元にも戻れないところで止まってしまってたのだった。
 美佐枝が立ち上がったことで、その場の雰囲気はすぐに元に戻った。後から思い出しても、そこまで凍り付いていたことを思い出せないほどである。
――凍り付く雰囲気というのは、壊れやすい思いなんだわ――
 それだけレアなものなのだろうと、美佐枝は思った。ただ、
――もう二度と味わいたくないわね――
 それにしても言葉の裏の意味をすぐに理解できたものだと思った美佐枝だったが、さらに美佐枝の表情を見て、彼もよくその場の雰囲気から、自分の言葉の意味に気が付いたものだ。
――あんな顔は、気付いていないとできないわ――
 と美佐枝は感じたが、相手が自分だから気付いたのかも知れない。
――あの時、彼も私の中にもう一人の自分を見たのかしら?
 自分に関わる人は、それぞれに相手の中にもう一人の自分を見ることができるようだ。美佐枝は、最初それを自分だけではなく、皆も同じだと思っていたが、これが特殊なことだということに気付くまで二しばらく時間が掛かった。美佐枝にとって、長い由紀とだけの関わりは、狭い世界に閉じ籠ってしまう弊害もあれば、二人だけの世界であっても、ある程度網羅できる部分があるということを感じさせるものだった。
 美佐枝と由紀の姉妹は、お互いに相手の中に自分を見ることを悟っていた。そのことを同じように感じることができる女性がいたのを、美佐枝は知らない。それは、以前親友だった理沙だった。まるでその時の美佐枝が、理沙に乗り移ったかのようだった……。

                   ◇

 理沙が相手の中にもう一人の自分を感じることができるようになったのを初めて感じたのは大学卒業間近の頃だったが、その時はそれほど大げさに思っていなかった。
――ただの勘違いだわ――
 確かに、一度感じただけで、それ以上感じることはなかったからだ。それは、自分の中で、
――そんなことってあり得ない――
 という思いが強かったからで、この影響を与えたのが、
――美佐枝ではないか――
 と感じたのも事実だったが、ありえないと思ったのは、美佐枝と自分があまりにも性格は似ていなかったからだ。しかも美佐枝とはほとんど連絡を取っていなかったのに、何を今さらと思ったからだ。逆に連絡を取っていなかったことで、美佐枝に対しての忘れられないという意識が働いていたなど、その時思いもしなかったからである。
 今からでも、あの頃に美佐枝に対して忘れられない何かを持っているなど思ってなかった。それが何かということ以前に、
――このあたりが潮時――
 と思ったからだ。
 美佐枝も同じことを思っていたようで、お互いにずっと付き合って行ける仲だとは思わなくなっていたようだ。
 最初は二人とも、親友としてずっと付き合って行くと思っていたが、実際にそんなことは不可能だと思い始めた。そこに、
――住む世界が違う――
 という意識が生まれてくるからで、性格の違いがそれを表していた。
 特にすぐに結婚してしまった美佐枝の心境を理沙はまったく理解できなかった。
――美佐枝だけは、簡単に結婚しない――
 と思っていただけに、ショックだった。
 勝手な思い込みに対して、勝手にショックを受けている理沙に対して、美佐枝からは、
――大きなお世話――
 なのだろうが、理沙にしてみれば、ここまで執着した性格を押し付けられたような感覚は、あまり気持ちのいいものではなかった。
――ひょっとしたら、あの時に潮時だなんて思わなければよかったのかも知れない――
 美佐枝も同じ考えだと思って、潮時だと勝手に考えたのだが、美佐枝とすれば違ったのかも知れない。結婚をいきなりしたのも、理沙の気持ちの変化に受けたショックが大きかったと考えれば納得はいく。
 だが、理沙は自分が悪かったとは思わない。
――なるべくしてなったことだ――
 としか思っていない。そう思うことが潔さを前面に出していた美佐枝に対しての思いだということに変わりはない。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次