小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

聖夜の伝染

INDEX|30ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

 という意識が由紀の方にあるからなのか、すぐに悟られてしまったようだ。
 姉の美佐枝には、そこまでの意識はないが、
――妹のことは誰よりも私がよく分かる――
 という意識を持っているはずなので、少しは分かって当然でもあった。
 由紀にとっての美佐枝という存在は、
――かけがえのない人――
 という気持ちもあった。
 それは姉妹の垣根を超えたものがあったのかも知れないが、
――たった一人の肉親――
 とまで言えるほどの感覚だった。
 両親は揃っていたが、どこかよそよそしさを感じた。
 実は両親からすれば、由紀の存在に怖いものを感じていたのだ。両親は社交的な性格で、普段は、一人の世界に入り込む友達がいたとしても、そのことを意識することはなかった。
「友達として意識しなければいいのよ」
 母の口癖だった。冷たいようだが、言っているのは正解なのだ。
 しかし肉親と言えばそうもいかない。まさか無視できない相手が現れようとは、そして、それが娘であることに両親はビックリしたことだろう。そんな気持ちは伝わるもので、両親から嫌われているという意識だけが、強調されて由紀の意識の中に残ったのだ。
 美佐枝は、そんな時、中立の立場だった。いくら姉でも、まだ子供なのだから、面と向かって両親に逆らえるはずもない。今であれば理解できることだが、子供には理解できることではなかった。
――姉もしょせん、両親の味方なんだわ――
 と思い込み、姉を憎んだ時期もあった。しかし、少しずつ気持ちが分かってくるようになるが、そうなると、今度は姉が、いろいろ助言を始めたのだ。
 姉の方とすれば、本当は言いたくないことなのかも知れない。しかし妹のために言っているつもりでも、言いたくないことを無理に言っている姿は、これ以上ぎこちないものはない。
 それを由紀は悟ったのだろう。
 由紀が勘の鋭い女の子だということを結構まわりの皆が知っていた。そのことについて他の人同士で話をすることはなかったようだが、暗黙の了解のようなものは存在していたようだ。
 そういえば、美佐枝が由紀に言っていたことがあった。だいぶ大人になってからのことだが、
「あなたの手は本当に暖かいわね。お姉ちゃん、あなたの手を握るのが好きなのよ」
 と言って、何かあれば手を握りたがっていたのだ。
「でも、心が冷たいかも知れないわよ」
 と言い返すと、
「どうして?」
「だって手の平が暖かい人って、心が冷たいんでしょう?」
 というと、姉は急に寂しそうな顔になり、
「そんなことないわ」
 と言ってくれた。
 この時の姉の寂しそうな顔、その時初めて見たような気がしなかった。以前にも見たことのあるようなその顔を、由紀はしばらく忘れることができなかったのだ。
 姉の寂しそうな顔は、今に始まったことではない。気が付けばいつも寂しそうな顔をしていた。
「どうしてそんなに寂しそうな顔をするの?」
 と聞くと、
「これが私の一人の時の顔なのよ」
 と言われ、ハッとした。その言葉で、由紀は子供の頃の自分のことを思い出していたが、子供の頃の記憶は、苛められていた記憶が強く、その影響で一人でいることの喜びを感じていたという意識は、すでに記憶の奥に封印されていたのだ。
 姉の驚愕の表情を、由紀はずっと忘れることができなかった、
 由紀の後ろに誰かがいるのではないかと思うほど、視線は由紀の胸を突き刺すかのように痛いものだった。目はカッと見開いて、これ以上どこを見ようというのかと思うほど、意識は由紀の後ろに向いていたとしか思えない。
――一体何を見たのかしら?
 美佐枝はそのまま意識を失い、しばらく気絶していた。由紀はそんな美佐枝を抱き起こすことも、本当であれば顔を叩いて、意識を取り戻させるのが当たり前のやり方なのだろうが、どうしても顔を叩くことができなかった。
 姉の驚愕な表情を、実は自分もしたことがあるのを、由紀は知らない。そのことを知っている唯一の人間が達郎であることも皮肉なことと言えるのではないだろうか。
 その時の達郎は、由紀を何とかしてあげたいという思いでいっぱいだった。そのため、姉を見た時の由紀のように目を逸らそうとしなかった。そのせいもあってか、達郎は由紀の視線が自分の後ろにいる何かを見ていることに気付かなかった。由紀は自分を見つめてくれている達郎の気持ちが、その時はまったく分からなかったのである。
 達郎は、鏡の不思議な世界を思い出していた。子供の頃に出かけたお祭りで、ミラーハウスがあり、怖いのを承知で中に入ったことがあった。中を歩いていると、すべての面が鏡である。前と後ろが鏡であれば、永遠に自分の姿が映し出される。そのことが恐怖であったことを思い出したのだ。その時に自分を見つめているつもりで、鏡の中の自分は、遠くを見つめているようにしか見えなかった。
 美佐枝にとって由紀はかけがえのない妹であった。その妹が自分に対して逆らっているという事実を美佐枝は受け止めなければならない。どうやって受け止めればいいのかを考えていたが、美佐枝は結婚することで、自分と、妹に執着している自分にケリをつけようとしたのだろう。
 美佐枝は潔い性格であった。竹を割ったような性格だと皆から思われていたが、まさしくそうだろう。だが、それは自分に厳しいということであり、まわりがどう感じるかということまであまり考えていないのかも知れない。
 由紀はそんな美佐枝をずっと見てきている。自分が苛められっこだったことも美佐枝は知っていて、ことあるごとに、様子を伺ってくれた。
 由紀は人に構われることを極端に嫌う。それは姉の影響があるからなのかも知れない。集団の中では存在感があるが、一人になると、まったく気配を消してしまう性格は、姉の影響も強いのかも知れない。
 美佐枝と由紀の共通点は、
――人と関わりたくない――
 という思いがあることだ。
 由紀は特にひどく、それは姉に対しても同じだった。
 いや、姉に対しての思いが一番強いかも知れない。苛められっこであった由紀は、まわりの人に気を遣うことが多くなった。それは普通に遣う気ではない。苛められっこゆえの気の遣い方で、その裏にはいつも「苛め」という意識が働いている。つまりは苛められないようにするために、最初から逃げ腰なのだ。
 そんな相手に少しでもおせっかいな態度は、余計に由紀を頑なにしてしまう。それでもおせっかいを焼くなら、
――それは自己満足のためにする気の遣い方だ――
 としか、由紀の目には写らない。
――いつまでもお姉さんの自己満足に付き合っていられないわ――
 まともに請け合って話を続けていると、苛められていることに対しての苛立ちを爆発させるかも知れない。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次