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聖夜の伝染

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 ちょうど大学入学を機会に、大学生の中に紛れることで由紀から離れられた。達郎はやっと離れられたことに安堵の溜息をついていたが、その後遺症は、なかなか消えるものではない。
 大学時代に培われた性格は、由紀への惜別の思いと、さらに入りたくて入ったわけではない集団意識に対して過剰な反応を残してしまった達郎の歪んだ思考によって生まれたものだ。
 あまりにも大げさであったことで、由紀の呪縛から逃れられた達郎は、トラウマを残してしまった。トラウマを感じないようにするために、わざと軽薄な態度を取っていたが、そのことは誰もがウスウス気付いているだろう。
 だが、気付いていても、それ以上入り込むことのできないその人の領域ギリギリのところで、それ以上気付かせることはない。だからまわりにとって達郎の性格は、躁鬱症というよりも、二重人格に見えていたことだろう。
 確かに二重人格に近いものであるが、他の人の二重人格とは違っていることに気付く人はなかなかいなかった。
 ただ、恵美には最初から分かっていたような気がした。そして理沙も途中で気付いたように思っていたが、実は最初から気付いていたことを、意識し始めていたのだ。
 それは、理沙が美佐枝を知っているからであって、分かるはずなどないのだが、その時の由紀が、美佐枝の妹であることは、事実だったのだ。
 誰もその繋がりを知らない。繋がりが偶然という言葉で言い表してもいいことなのかハッキリとは分からなかったが。暗黒星のような女性が、自分の近くにいるのではないかということを、理沙はウスウス気付いていたのだ。
 理沙は物理学に精通していたわけではなかったが、なぜか暗黒星の話だけは知っていた。誰かから聞いたという記憶はあるのだが、それが誰だったのか覚えていない。この話を知っている人などそうはいないと思っていたが、実は達郎も知っていたのだ、
 達郎の場合は、人から聞いたというのもあるのだが、その時に興味を持って、図書館で調べて、少しだけ書物を読んだ。
 難しすぎて、簡単に読破できるものではなかったが、肝心なところは何とか分かった気がする。それが理解できたとは言い難いが、意識する上で、知っているという意識があるだけ、怖いという意識は薄れていった。
 それは、由紀と離れられたことにも大きな影響があったかも知れない。
 吸血鬼を寄せ付けないようにするために、ニンニクを身体からぶら下げたり、いたるところに取り付けたりする発想と似ているのかも知れない。
 達郎は由紀の過去を聞いたことがあったが、その時に気になったのが、
「私、苛められっこだったの」
 という言葉だった。
 自分から苛められっこだったことを告白するのも珍しいと感じた達郎だったが、ちょうどその時から、自分の中に躁鬱症の気を感じ始めていたので、苛められるということに、やけに敏感になってしまったことも否めなかった。
 陰湿な苛めではなかったようだが、由紀の中に相当根深いトラウマが生まれた。トラウマは、由紀の中から眩しさを持ってまわりに影響を多大に与えていたようで、姉の美佐枝がいうには、
「あの子の眩しさは、異様な光を放っていて、誰も近づくことができなかったの。でも眩しさがまさか、苛めから来ているものだなんて、誰も思わなかったわ」
 一生のうちに放つ光に制限があるとするならば、この時に光を放ち続けた由紀が、もう放つ力が残っていないほどの光を毎日のように放ち続けたのかも知れない。
――もう光を放つエネルギーがないのかしら?
 と思うと、人間の表に出ている力が、本当に微々たるものであることを痛感させられた気がするのだった。
 苛められっこがどんな気持ちなのかというと、皆同じではなかっただろう。
 一人でいることを喜びとすることで、苛められることを我慢しようする気持ちを持った人間、または、苛めっ子に対しての憎しみだけが、自分の生きる支えだと思っている人間、さらには、いずれは自分が苛めている連中を見返してやると思って、必死に勉強に勤しむ人、いろいろではないだろうか。
 ほとんどは一人の世界に入り込むのではないかと理沙は感じていたが、
――自分が苛められたらどうなるだろう?
 と思った時に感じたのが、一人の世界に入り込むことだった。
 理沙は、それを逃げだとは思わない。
 逃げというよりも、却って攻撃に近いものだと思っている。一人の世界に入り込み、まわりを遮断することで力を蓄えるという考え方だ。苛められている人がそこまで考えているかどうか分からないが、無意識に思っているとすれば、その時に蓄えられる力は、尋常ではないように思えた。
 一人の世界に入り込むことは、苛められっこではなかった人でもあるのだ。
 逆に一人の世界に入り込むことで、まわりの人間の中には、一人の世界に入り込むことを、集団内での裏切りと捉える人もいるかも知れない。
 あるいは、誰かを苛めたくて仕方がない輩がいるとすれば、必ず相手がいないと我慢できないだろう。そんな時の口実に、自分の世界に入ることでの裏切りを挙げることは、その人にとって好都合なのではないだろうか。
――仮想敵――
 まさに、対象がなければ、成立しない性格なのであろう。
 由紀は子供の頃の苛められていた頃に、姉の美佐枝が、妹のことを心配して、いろいろアドバイスを送っていたことが溜まらなく嫌だった。
 なぜか姉には逆らえないと思っていた由紀は、姉がいうことを、黙って聞いていたが、耳を向けているだけで、入ってきた内容は、すべてが右から左だった。
 由紀は、記憶力が極端に悪い。なぜ悪いのか原因は分からなかった。
 誰にもそんな悩みを打ち明けられるわけもなく、まわりから、
「どうしてそんなことも覚えられないの?」
 と罵倒されても、何も言い返せない自分が悔しかった。
 だが、途中からどうして覚えられないか分かってきた。
――姉の余計なおせっかいのせいだわ――
 と思っている。
 姉の余計な助言を、どんなにいいことであっても、右から左に抜けさせてしまうことで、無意識に逃げに回っていた。
 逃げは由紀にとって敗北だと思っているので、本当は認めたくない。そのくせ言うことを聞かないというジレンマが、記憶を極端に妨げる性格を形成させてしまったのだ。
 そのことを人に悟られるわけにはいかない。なぜなら、由紀にとって自分一人の世界を形成することだけが救いだったからだ。
 一人の世界を作ることは逃げに繋がると思っている人も多い。そのため由紀は人から攻められても文句は言わない。だが、心の底で、
――いつまで我慢できるのかしら?
 という思いがずっと燻っている。
 一人でいることを喜びとすることと、物忘れが激しくなってしまうことは背中合わせになっていて、一番近い性格のくせに、お互いに表に出るのはどちらかだけなのだ。そんな自分を分かっていることが、さらに記憶を意識させることの妨げになっていることを、由紀は知る由もないだろう。
 由紀は姉との距離を少しずつ広げていった。姉には気付かれないように細心の注意を払ってであったが、払ったつもりでも、姉の方が一枚上手だったのか、
――姉妹のうちの姉には適わない――
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次