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聖夜の伝染

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 武雄は、田舎にいる彼女のことを思い出していた。思い出そうとすると、田舎にいた頃の自分に戻る必要がある。普通に過去を思い出すだけではないことを自覚していた。それは、田舎者のレッテルを嫌がっていた自分に気が付いていたからである。ただそれは普通の都会に憧れる田舎者とは少し違っていた。他の人は、田舎の生活に飽き飽きしていて、それが都会への憧れになっていることがほとんどであるのに、武雄の場合は田舎の生活が嫌なわけではない。田舎の生活も、まんざらではないと思っているほどで、ただ、都会に出ることで自分を少しでも変えたいという気持ちが強いことが、武雄を都会に出させたのだ。
 つまりは、ずっと都会で生活していくつもりはない。時が経てば、いや、時が来れば、いずれは田舎に帰ろうと思っている。
――引き際が肝心だ――
 とまで思っているのは、都会に憧れて田舎を出て、最終的に何も得ることもできないどころか、悲惨な精神状態になって、都会を去らなければならないことを思えば、いかに引くかが問題である。
 もし、武雄が田舎に帰ってくるつもりもなく、憧れだけを持って都会に出てきたのであれば、彼女とは別れて出てきたであろう。前だけを見ていることがいいことだと思っていると、後ろから襲われた時に、対処できない。そんな簡単なことを忘れてしまい、前を向いていることが美徳だと思ってしまえば、結果は見えているだろう。
 田舎で付き合っていた女性は、都会の女の子には叶わないところもある。どうしても垢抜けないところは田舎に染まってしまっていては、抜けるものではない。特に都会に出てきて、都会の女性ばかりを見ていると、田舎臭さが身についてしまった自分の臭いを、いかに隠すかが一番重要なところだった。言葉遣いやアクセント、それだけでも大変だ。表に出ているものは自分にも分かるからまだしも、自分の目に見えないところは、どうしようもない。田舎者だというレッテルを貼られてしまうと、ずっと抜けることはないだろう。そう思うと、口数が少なくなってしまうのも、仕方のないことだろう。
 口数が少ないのは、表に見える部分のボロを出さないことと、内面的なことでも、目立たないようにしていれば、少なくとも田舎者と言われてバカにされることはないだろう。
――一体、何のために都会に出てきたんだ――
 大学での勉強はそれなりに成果のあるものだと思っているが、人間関係の壁がこれほど厚いものだとは思ってもみなかった。
 それでも、達郎という友達ができて、よかったと思っている。達郎は武雄が田舎から出てきている田舎者だということを気にしているわけではなかった。
「そんなことは関係ない」
 一度、田舎から出てきていることで、達郎から誘われた合コンを断ろうとした時、達郎はそう話してくれた。本当はそこまで義理堅い男ではないのだが、それだけで、武雄は達郎を信頼できる相手だと思ったのだ。
 達郎の本心がどこにあったとしても、とりあえず武雄にとって達郎は心強い友達ではあった。達郎程度の力量では、とても人を裏切って、相手に精神的な優越感を与えるところまではないだろう。
 武雄は、理沙のことを気に入っていたが、頭の中に大きな存在として残っているのは、田舎に残してきた恋人だった。
 しかし不思議なことに、田舎に残してきた彼女のことを考えれば考えるほど、理沙が気になってくるのだ。自分の中で存在が大きくなってきた理沙と、これからどのように付き合っていけばいいのか、達郎は考えあぐねていたのだ。
 理沙が武雄の中で存在が大きくなっていくなど、自分でも分からなかった武雄だったが、どこか彼女と理沙の似ているところをいつの間にか探していた自分に気が付いた。
――どうして比較なんかするんだ。比較したって仕方がないのに――
 と思ってみたが、それが自分の性格であることに気付いた武雄は、二人の女性を天秤にかけている自分がそれほどモテる男でないことを再認識した。
 理沙と恵美を今度は比較してみた。どちらが綺麗な女性かと言われれば、誰もが恵美だと答えるだろう。ただ、愛嬌という意味では理沙の方が明るく、そして何よりも馴染みやすい。
――俺とお似合いだな――
 と相手の男に思わせるタイプの女性で、何が嬉しいといって、安心感を与えてくれるところが理沙にあるところだった。相手が恵美だったら、絶えずどこかに不安を感じさせられ、
――俺は嫌われているのではないか――
 と、彼女のことを気にしていなければいけないタイプであり、何よりも疲れてくる雰囲気を持っている女性である。
 武雄は自分が理沙を選んだことは、田舎に対する望郷の念が強いからではないかと思うようになっていた。都会に出てきて一人で頑張って行こうと思っていた気持ちが今は昔の感覚に陥っていて、田舎を思わせるものに対して、飛びついてしまうのが、何よりもその証拠だと思うようになっていた。
 武雄が時々田舎のことを思い出すのは、主である自分が田舎を欲しているからなのかも知れない。本当は田舎にいたいと思っている主に対して、従者であるもう一人の自分は、主であるくせに急に心細くなる癖のある主の心の間隙をついて、気持ちを表に出すことで、都会に出てくることを選択したのだ。だから、武雄の望郷の念は他の人よりも強く、絶えず頭の中にあることで、却って気持ちが田舎に帰りたいという衝動に駆られることがないのだ。

                   ◇

 達郎は武雄と違って、この街に生まれ、この街に育った。都会育ちだということもあり、武雄に一目置かれているが、実際はもっと他の土地を知りたいと思いながらも、「お山の大将」でいることが、今の自分を作ってきたのだと思っていた。
 他の土地を知らないと、他から来た人が眩しく見える。だが、他から来たことで萎縮してしまって、なかなかこの街に染まろうとしない人を見るのはあまり好きではなかった。そんな時、他から来たその人に対して、
――よそ者意識――
 を、自分だけでなく他の人にも植え付けようとする行動を取ってしまうのは、自分の思いがどこにあるか分からないという不安が、そうさせるのであろう。
 武雄が自分のことを友達だと思ってくれているのが分かると、少しよそ者に対しての見方が変わってきた。最初は武雄に対してだけだったが、武雄以外の地方出身者に対しても、あまり偏見の目を向けなくなった。
 女の子の中にも田舎から出てきている子は、見ていると分かる。それは田舎の癖が残っているからではなく、隠そうとしている意識が目に見えているからだ。隠そうとすればするほど表に出てくるもので、達郎はそれを「いじらしい」と思うようになっていた。
 達郎の少年時代は、結構女の子を苛めていた記憶があった。異性に対しての感覚が生まれてきたのは、晩生な方だったかも知れない。中学三年生になった頃に、やっと女の子を意識するようになったからだ。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次