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聖夜の伝染

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 という答えがほぼ全員から帰ってくる。それは、達郎が、
――二重人格に見えるが、実際には他の人と違った面を持った人格、決して同じ時間に、もう一つの性格が表れることはない――
 という性格の持ち主だからだった。
 軽薄なところだけしか見えていないと、これのどこが二重人格なのかと思わせるが、考えてみれば、二重人格というのは、それぞれ片方の性格が極端からこそ、二重人格であることが簡単に露見するのだ。軽薄なところがあるのは、十分に極端な性格の持ち主であって、もう片方の極端さが、目に見えてくる人もいるだろう。
 もちろん、最初から二重人格だという予備知識があってのことで、予備知識もなく、パッと見ただけで彼を二重人格だと思うとすれば、よほど今まで人間観察に長けてきたのか、二重人格者を探しているかのどちらかではないだろうか。恵美の場合は、なぜか彼に二重人格を最初から感じていた。恵美にはそれほど人間観察に長けていたわけでもないし、二重人格者がまわりにいて、性格が似ているわけでもない。ましてや、二重人格者を探しているわけでもないので、考えられることとすれば、何か感性の響き合うものがあり、そこから以心伝心のようなものがあったのかも知れないということだった。
 では達郎のもう一つの隠れた性格とは何であろうか?
 さすがにすぐには分からなかったが、本当は見え掛かっていたことだった。それが自分の見たものや触ったものしか信じないという性格であり、同じような性格の人を知っているのだが、それが誰なのか、すぐには思い出せなかった。
 本当はそんな性格が恵美は嫌いだった。それが、同じような性格の人を嫌いだからで、自分が信じるもの以外は、すべて否定するという考えである。
 それは恵美にとって、大きな「束縛」であった。
――束縛? そうだ、束縛といえば、自分の親ではないか――
 考え方が古臭く、一言で言えば、封建的な考え方。人に対しての押しつけであり、押し付けられた人間の人権まで否定しようとする。押し付けられた人間には、「自由」など存在しないのだ。
 恵美は達郎に自分の親のような面を見たのだ。それなのに、なぜ達郎を嫌だと思わなかったのか、それは相手が肉親であるかないかの違いが大きい。肉親であれば、押しつけになることが嫌だが、他人であれば、それも許容範囲である。ただ、そうなると将来、達郎が自分の伴侶になるということはないということでもある。
 付き合ってみるという軽い気持ちで男性と付き合うなど、今までの恵美には考えられないことだった。だが、前の彼と別れて自由にはなってみたが、一抹の寂しさを感じた。真剣に男性と付き合わなければいけないわけではない。寂しさを紛らわすだけだという意味で、男性と付き合うことも悪くはない。そう思うと、達郎のような男性は適任なのかも知れない。
 恵美は、自他ともに認める、男性から好かれるタイプだ。達郎も性格的なことは大目に見るとすれば、見た目は悪くない。表面上の付き合いとしては、きっとまわりが羨ましがるような仲に違いないと思う。
――他人を欺くような表面上の付き合い方をするのも面白いかも知れない――
 せっかく手に入れたと思った自由である。相手に束縛されれば、こっちから別れてやればいいのだ。あまり情が入り込みすぎると、別れる時に、こっちも辛くなる。それを思うと、達郎くらいの相手がちょうどいい。恵美のそんな考えを達郎は知らない。もし、知っていれば、いくら軽薄で自分の見たもの聞いたもの以外を信じないという二重人格性を持った達郎だとしても、簡単に恵美と付き合うようなことはしないだろう。
 男としてのプライドもある。こんな男に限って、プライドが高かったりする。実際にその場になってみなければ分からないというのが、達郎のような二重人格性を持った男なのであろう。

                   ◇

 二人の男性は、大学が近いこともあり、時々会っていた。
「お前は理沙ちゃんが気に入ったようだが、実際はどうなんだい? 今までに付き合った女性と比べて」
 低い声になると誰だか分からないほど、声が変わってしまう達郎が声を掛けてきた。
「そうだね。悪くはないよ。年が同じで、相手が働いているとなると、甘えたくなってしまう。実際男性よりも女性の方が、同い年なら成長が早い。お姉さんのように慕っていれば、相手も喜んで甘えさせてくれるさ」
 武雄よりも、さらに誰だか分からないほどの低い声で話すのは、どうも後ろめたさを感じているからであろう。達郎のこんなに低い声、顔が分からないと、誰が話しているのか、絶対分からないに違いない。
 武雄は達郎が時々怖くなることがある。武雄にも達郎が二重人格なのは分かっている。しかし、恵美が感じている二重人格とはまた違っていて、武雄の考えている二重人格は「自己支配」に包まれた二重人格である。
 まるで「ジキル博士とハイド氏」である。一つの人格の中で、主従関係が存在しているような人は、片方が表に出ている時は完全に片方は眠っている。人から指摘されても、
「そんなバカな」
 と笑って言い返すが、そこには何ら疑いを持つことはない。
 二人が話をしている場所は普通の喫茶店である。声が少々低くなっているのは、相手がいないところで噂をしているという後ろめたいものがあるからなのかも知れない。
「でも、俺が見る限り、理沙ちゃんのような女の子は、甘えさせてくれるようにも見えないけど、違うかな?」
 最後に、
「違うかな?」
 という言葉を付けるのは、達郎のくせのようなものである。自分の放った言葉にいまいち自信が持てない時に、語尾につけることがあるのだった。
「それは俺も感じているよ、でも、理沙ちゃんの指にあるルビーの指輪を見て、自分の昔のことを思い出したんだ。俺は以前に付き合っていた女の子にルビーの指輪をいつもしてくる女の子がいたんだけど、その娘によく似ていたんだ」
 そう言って、武雄は少し顔を赤らめて、目は遠くを見つめていた。
 以前のことを思い出しているのだろうか。短い間だけだったが、武雄は自分の世界を作って、入り込んでいた。
 武雄が過去のことを思い出して、顔を赤らめたり、遠くを見るような目をするなど、達郎には信じられなかった。あまり過去のことを話さない武雄を達郎は、
――よほど、以前に嫌なことがあったのではないかな?
 と思っていたのだ。
 だが、達郎は武雄の話を聞いていて、
――なるほど――
 と思えることが多かった。
――俺なら、武雄のような考えをしないと思っていたのだが、今回に限って、話を聞いていると、よく分かる気がするんだ――
 それは、お互いに最初から気に入った相手が、ハッキリと別れたからである。
 武雄にしても達郎にしても、二人の女の子のどちらが好きで、どちらが嫌いだというイメージはなかった。しいて言えば、
――二人とも甲乙つけがたい――
 と思っていたのだ。
 恵美も理沙も、それぞれに可愛いところがあるが、突出して可愛いところがあるわけではない。
「顔のパーツの中で、どこが気に入ったんだ?」
 と、聞かれて、すぐに答えられることはできなかった。
「全体的に見て、可愛いと感じたんだ」
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次