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聖夜の伝染

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――黄色掛かって見える――
 シグナルを一度見てしまうと目が離せなくなった。赤から青に変わるまで、こんなに時間が掛かるなど今までにはなかったほどで、自分でもビックリした。
 シグナルが青に変わっても、すぐには渡ることができず、金縛りに掛かったようになった瞬間、黄色い色を感じたのだ。その瞬間、指先に痺れを感じ、前に踏み出すことができなくなってしまった。踏み出したつもりで前に進んでいないことへの憤りに、額から流れる汗と、血の気が引いていくような得体の知れない恐怖心は、後から思い出すこともできないほどのものであった。
――意識の封印――
 医学が勉強しているが、専門的な心理学までは探求していない武雄にとって、言い知れぬ不安が募り、普段から小さな不安をずっと抱いていることにも気が付くことになったのだ。
 ただ黄色が心理学的に特殊な色だという意識はあり、自分が何かの病気ではないかと思ったが、それが躁鬱だと思うに至るにはもう少し時間が掛かった。そんな時ルビーの赤い色を思い出した。そのおかげで鬱状態を脱したのだが、その時からが逆に躁状態の表れであったのも事実である。
――鬱状態を抜ける時には、予感がある――
 それがルビーの赤い色を思い出すということであり、キーポイントを抜けると、トンネルを脱したその先に待っているのが、躁状態だったのだ。
――普通の状態というのが分からなくなってきた――
 いつの頃か、そう思うようになった。ただ、武雄にとってルビーの赤は、自分にとって分岐点の始まりなのは間違いないことのようだった。
 武雄には、鬱状態を隠して暮らしていけるほどの強かさはない。躁状態は元々隠す必要はないので、武雄を知っている人は、躁鬱症であることを知っている。
 武雄が躁鬱症であることは、最初から理沙には分かっていたような気がした。理沙にとって武雄は、比較的分かりやすい性格に思えた。それは前の彼に似たところが、ほんの少しだが、あるからだった。それがどこなのか、すぐにはピンと来なかったが、理沙にとって前の彼と同じように見えるところでも、微妙に違って感じられるところが、新鮮な気がした。
 きっと他の人から見れば、武雄は前の彼とまったく違った性格に見えるだろう。だが、やはり好きになるのは同じような人なのだ。だからこそ、微妙な違いも大きな違いに見えてきて、そこが新鮮なのだ。人によって見方が違うのは当たり前だが、理沙にとって違って見えるところが大きければ大きいほど、相手のことが気になっている証拠であった。
 理沙は、武雄に感じているものが「癒し」であることを、自分なりに感じているようだったのだ……。

                   ◇

 恵美は達郎を見た時の第一印象は、
――軽薄で、自分には合わない相手だ――
 と思っていた。
 別に根拠があるわけではないが、第一印象というのは、そういうものであろう。
 ただ、理沙を見ていると、どちらの男性に気があるかというと、明らかに武雄の方だったので、遠慮というわけではないが、自分は自然と達郎の方を見るようになった。
 達郎も恵美のことを気にしていた。
 恵美は、理沙ほど恥かしがり屋ではないし、性格を表に出す方でもない。だが、性格的に強いところがあるのは、親への反発心があるからなのか、少し歪んだところがあることは恵美にも自覚があったが、それでも自分の中で納得しているので、それほど悲観的な感覚はない。
 恵美にとって、気になっているのは、整理整頓ができないことで、付き合っていく男性に嫌われるのではないかということだった。
 自由になりたいという恵美の考えは、さっき付き合っていた男性をフッてきたことで成就した気がした。それなのに、また新しい男性をすぐに気にするのは、自分がはしたないオンナではないかと思うことに繋がっていた。
 恵美は自分がはしたないオンナであっても、構わないと思っている。清楚な女の雰囲気がもし表に出ているとすれば、それは作っている自分なのだ。作るくらいなら、はしたないオンナとして正直に、表に出している方がいい。
 ただ、恵美は表に出す自分と、内に籠っている自分とでは明らかに違っていることを分かっているつもりだった。表に出す自分は正直でありたいと思い、うちに籠っている自分は、妄想癖のある女だと思っているのだ。
 だが、妄想癖のある自分も、結局は自分に対して正直なのであり、表に出す自分と同じ感覚である。
――正直でありたい――
 という気持ちは、誰にも負けない思いが強かった。
 妄想癖のある恵美は、達郎のことを勝手に想像していた。相手に悪いという気持ちもあるが、
――どうせ、相手にも私が妄想していることは分かっているに違いないわ――
 と思っている。
――正直者である自分の考えることは、まわりに分からないわけはない――
 というのが恵美の考えであった。
 まわりに分かられるのは恥かしいことでもあるが、それだけ自分が正直だということでもあるので、恵美はしょうがないと思うようになっていた。
 恵美は自分が整理整頓できない理由の一つに、
――正直な性格――
 というのが影響しているのではないかとも思っていた。
 はしたない女であることを以前から意識していた。
 ひょっとすれば、子供の頃からかも知れない。その性格を隠すことなく正直にいたいという思いは、親への反発から生まれたものであった。
 正直さが親からの呪縛を振り払う意味での一番の手段であるとするならば、はしたなさも自分として表に出す必要があるであろう。そこには整理整頓ができてしまうと、はしたなさという性格が、いかにも浅ましさから生まれたようにしか思えない。まだ、整理整頓ができないことから生まれたと思われる方がマシではないかという、そんな気持ちが恵美の中にあったことは拭い去ることのできない事実であろう。そういう意味では、正直な性格というのは、自分の性格を正当化する上で、汎用的に利用できる、都合のいいものではないだろうか。
 恵美と理沙の共通の性格でもある、
――他人と同じでは嫌だ――
 という性格は、男性を選ぶ時にも都合がいいのかも知れない。
 好きになった相手が被ることもないし、お互いに遠慮という言葉を意識することもなく、喧嘩にもならない。
 時に恵美の場合、遠慮という言葉が嫌いだった。
 それはまたしても親への反発から来ていることだが、恵美の母親は特にまわりに対して遠慮を表に出していた。
 恵美から見て、それは遠慮ではない。遠慮に見せかけた、都合のいい解釈で、自分がへりくだることで、相手にいいように見せたいという思いだ。しかも同じことを他の人もしているので、お互いに遠慮の応酬になってしまい、まわりに迷惑を掛けていても、自分たちには分からない。
――これほど醜いことはない――
 恵美は、いつもそう思って母親たち、「おばさんグループ」を見ていた。
――私は絶対に、あんなおばさんにはならないわ――
 と、いつも言い聞かせている。
 恵美にとって、理沙が現れたのを見た時、
――まるで自分を見ているようだ――
 と思ったのは、まず、そこだった。そして次に感じたのが、
――他の人と同じでは嫌な性格だ――
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次