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聖夜の伝染

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 武雄は理沙が思っているよりも、引っ込み思案なところがあり、遠慮深いタイプの男性であった。それは、容姿から来るものであるが、まさか理沙が以前同じように容姿の冴えない男性と付き合っているとは思っていなかった。
 理沙を見た時、清楚な雰囲気を感じたが、それ以上に明るさに眩しさを感じた。今まで武雄が知っている女性に、理沙のようなタイプの女性はいなかった。清楚な雰囲気を醸し出している女性は、ここまで眩しさを感じるほどの明るさはなかった。また、明るさを醸し出している女性に、清楚さはどうしても控えめに見える。
――共存している女性というのはいないのだ――
 と、武雄は思っていたのだ。
 武雄は、高校時代に女性と付き合っていたが、付き合っていた女性は、平凡な女性で、目立つところはどこにもなかった。どこか一つでも突出しているところのある女性を自分が好きになるということはないと思っていたからである。
 そこが武雄の謙虚さの表れであった。謙虚さとは、自分の中に潜在する意識を押し殺して、他の人から見れば分かるのに、自分では表に出していないことをいうのではないだろうか。
 理沙は少なくともそう思っていた。
 謙虚さというのは、紙一重で思い上がりにも繋がる。
――長所と短所は紙一重――
 というが、まさにその通りだ。謙虚さも行き過ぎれば思い上がりに繋がることになる。
 武雄は表に出せない性格だと思っていたことを、理沙は謙虚さだと思っている。
 武雄が高校時代に付き合っていた女性が武雄を好きだった理由もそこにあった。
 武雄は彼女と入学から三年生になる前までの二年間ほど付き合っていたが、最後は彼女の方が嫌気を差したのだ。
 それは、理沙が付き合っていた男性と別れるきっかけになったのと似ている。
 彼女は、武雄が自分を好きなのが、
――他に競合しないことで無難な相手を選んだのではないか?
 という思いに駆られたからだ。
 長く付き合っていると、時々そんな気持ちになることもあるのかも知れない。人間はいつも同じような感情でいられるわけではない。表に対しても自分に対しても許せないことがあったり、憤りを感じることもある。そんな時に自分の中で押し殺していた感情であったり、意識していなかった潜在意識が自分の意志とは裏腹に表に出てきてしまうこともあるだろう。
 特にそんな時というのは、えてして露骨なものである。露骨に付き合っていた相手が豹変したのだと思えば、相手が一歩下がって見るのも当たり前、我に返って見ると、今まで見えていなかった相手の悪いところが目立ってくる。見えていなかったわけではなく、
――見ようとしなかったのではないか――
 と思うようになると、後は相手に対しての疑念は大きくなる一方で、修復などできないところまでくるものだ。
 武雄はそのことにすぐには気付かなかった。
 相手の女性が自分を嫌いになっていることが分かった時には、修復できないところまで来ていたというのが、武雄の気持ちだった。
――そんなバカな――
 それはまるで自分にだけ訪れた悲惨な結末であり、他の男性には自分のようなドジな真似をする人はいないだろうとさえ思っていた。
 それは武雄の性格であり、
――俺のまわりの人たちは、皆俺より優秀なんだ――
 と思う時があるのだ。
 そのくせ、普段は自分をあまり卑下して考えることはない。まわりには謙虚であるが、卑下することはない。それだけ気が強いのだろうと自分では思っていた。しかし、ドジを踏んだと思っている気持ちがまわりに対して強く出ることのできない自分を形成した。それが謙虚さに繋がるのだ。
 そういう意味では武雄の性格は複雑である。それがあまり表に性格を表さない雰囲気を作り出し、分かる人にしか分からないようなイメージを与える。逆に、
「お前と付き合う女性が現れたら、さぞやその人は、素晴らしい人なんだろうと思うよ」
 と言われたことがあったが、武雄自身も
――その通りだ――
 と思うのだった。
 理沙の指に光っているルビーの明るさを見た時、思い出した女性がいた。
 武雄の片想いであったが、大学時代、講義の時によく隣に座る女の子で、指にはルビーの指輪が輝いていた。
 彼女は綺麗なタイプではなかった。体型も少しポッチャリしていて、ただ、明るさだけは感じられた。賑やかな、目立ちたがり屋な雰囲気ではないのに、ただそこにいるだけで雰囲気が和むイメージを持った女性であった。
――自分が探していたのは、こんな女性だったのかも知れない――
 と思った武雄だったが、声を掛けることができない。いつも彼女の方から話しかけてもらって、それに答えるだけだった。
――何で、声を掛けることができないんだ?
 その思いはずっと続いていた。彼女が自分の隣にいつも座るのは、自分に気があるからだという思いはあるのだが、もし違っていたら恥を掻くことになるのが、恐ろしかったのだ。
 声を掛けなければ何も始まらないのに、恥を掻く方が怖いと思う発想、それは自分が引っ込み思案だからなのだと思っていた。だが、実際は相手がその人だったからだということに気が付いたのは、彼女が自分の隣の席に座らなくなってからのことだったのは、実に皮肉なことだった。
 武雄が謙虚に見えるようになったのは、片想いで終わった彼女と別れてからのことだった。女性にモテることはなかったが、男性友達の間では、重宝にされた。中には、武雄を利用しようとする人もいた。むしろそっちの方が多かったのかも知れない。合コンの時など武雄がいるだけで、自分が自由に動けると思っている輩も少なくなく、結構合コンの誘いを受けていた。
 まわりがそんなことを思っていることは、武雄には百も承知だった。モテるわけではない武雄が合コンに誘われるのは、「引き立て役」、あるいは謙虚な男性が一人いるだけで、他の人の露骨な思いを和らげる作用があることくらい、皆分かっているからである。要するに、
――解毒――
 のイメージで武雄が必要なのだ。
「刺身のツマ」にさせられても、今の武雄にはそれでよかった。
 最近の武雄は少し考えが変わってきた。
――近い将来、本当に自分を好きになってくれる女性が現れる――
 という気持ちが強くなったからだ。
 妄想なのかも知れないが、妄想であっても、「刺身のツマ」であっても、強くなってきた感情であることには間違いない。最初はなぜそんな気持ちになったのか分からなかったが、自分の気持ちが躁状態になっていることに気が付いて、躁鬱症の気があることを少なからず自覚してきた。
――そういえば、何をやってもうまくいかないことがあった。あの時は、何もしてはいけないと思っていたが、あれが鬱だったのかも知れない――
 朝起きた時、
――何かおかしい――
 と感じた。すぐには分からなかったが、大学に行く途中の交差点で、何がおかしいか気が付いたのだ。目の前の信号機のシグナルの色が、やたらと擦れて見えたからだ。
――霧が掛かっているように見える――
 その日はいつになく雲一つない快晴で、これでもかというほどの陽の光が、容赦なく照り付けていた。そのせいで目が慣れるまでおかしく見えるのだろうと思っていたが、実は違ったのだ。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次