小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

聖夜の伝染

INDEX|16ページ/39ページ|

次のページ前のページ
 

「お待ちしておりました。どうぞこちらに」
 と言って、中に案内してくれた。
――どうぞこちらに?
 ということは、最初から予約されていたということなのだろう。声を掛けた時から予約して取れるものではない。ということは、ここまでは少なくとも武雄の計算通りだったということで、それはだいぶ前から計画されていたことだということになる。
「実は、達郎とは以前からのバイト仲間で、今日のクリスマス、一緒のバイトだと分かった時から、可愛い女の子がいたら声を掛けようと思っていたんですよ。去年のことを忘れてですね。お店まで予約していないと失礼でしょう?」
 武雄は、内情を暴露した。だが、ここまで見事に思い通りに決まれば、誰も文句を言うことはできないだろう。それを見越しての計算ずくだとすれば、なかなか頭がいいのではないだろうか。理沙は結論が出た時点から考えているから、事実を遡ればいいだけなので、発想することもたやすいことだが、最初から未来への発想で、どう転ぶか分からない中での予見は、そうたやすいことではない。そう思うと、武雄は頭が切れる男性ではないかと思った。
――それは、女性の扱いにも慣れているということかしら?
 発想や予見は、女性に対しての思いに対してであれば、今までにも同じようなことを繰り返していたのかも知れない。そうであれば、女性との付き合いも一度や二度ではないだろう。そうなると、女性への扱いが慣れているのかどうなのかということを次に考えるのは、女性として無理もないことだと思った。
 だが、もし女性の扱いに慣れているという発想が当たっているということになると、武雄は女性と付き合っても、長続きしないということを示しているように思えてならない。
 だが、武雄にはどうしても、プレイボーイとしてのイメージが湧いてこない。軽い男性だという意識が湧いてこないのだ。どちらかというと、体型を見ているからかも知れないが、武雄には重たいものを感じる。それは決して表に出せない何かを持っていて。封印した記憶として、誰にも知られたくないと思っている過去があるのではないかという思いである。
 武雄は理沙を意識しているように感じていた。理沙の思い上がりかも知れないが、思い上がりは理沙の中で今までの自分を作ってきた基礎になる性格のように思えていた。偽りの自分を表に出して、今まで付き合っていた男性に自分を嫌いにさせようとした小悪魔的なところもある。ただ、それもある程度の思い上がりがないとできないことではないかと、理沙は思うのだ。
 パスタのお店に入ってからの会話の主導権は、達郎に移っていた。それは理沙が見ていて、
――さりげなさ――
 急に主導権が変わった時、場の雰囲気は普通なら一変すると思っている理沙だったが、実際には場の雰囲気は変わりがなく、しいて言えば、
――一塵の風が吹き抜けた程度――
 だと言える程度であった。
 理沙は、武雄の視線に気が付いた。
 武雄の視線の先にあるもの、それは理沙の指先で、さっき自分へのご褒美にと思って買ってきたばかりのルビーの指輪であった。
――ルビーがそんなに珍しいのかしら?
 彼の視線でルビーがさらに輝きを増したようだ。
――恥かしいわ――
 彼の視線に、まるで自分の気持ちの裏まで見透かされている気がした。それは、一枚一枚衣類を剥ぎ取られていく気分に似ていた。
 顔が真っ赤になっていくのを感じる。武雄は、理沙の顔を見ようとしない、ルビーにばかり意識が集中していたが、却って、その方が恥かしかった。それはまるで目隠しをされた状態で、裸の自分を曝け出しているかのようだった。
 曝け出した裸体は衆人に晒され、
――これほど恥かしいことはない――
 という思いを抱かせることで、羞恥を快感として記憶に残すことが多かった理沙は、自分の性癖に悩むこともあったが、最近は、
――これが私なのだ――
 と思うようにもなっていた。
 武雄に見つめられながら、自分の中の性癖が目を覚ましてきた。普段は人に気付かれないようにと、眠らせているのだが、それも意識しなくてもできるようになってきた。この思いを与えてくれたのは、さっきまで彼氏だと呼んでいた男、冴えない男であったが勘の鋭い男性、彼の中にも理沙の中で潜在していたアブノーマルな性癖が潜んでいたのだ。
 彼もアブノーマルな性癖を隠していたかったようだ。だが、理沙の本性を見抜くことで、さらにその奥にある性癖に気が付いたのか、理沙に対しての復讐心からなのか、理沙の羞恥を高めることに徹していた。
 そんな彼に憎しみを感じながら、そんな素振りを見せなかったのは、見せたくないという思いもあったが、それよりも、性癖を見抜かれたことへの恥かしさで、見抜かれたことを悟られないようにしたかったからだ。そのためには彼に対して少しでも心を閉ざさなければいけなかった。もうそうなってくると、普通の恋人同士というわけにはいかない。性癖で繋がっているだけの仲でしかないことは分かっていたが、彼に対して
――偽りの自分――
 がどういう自分であるかが分からなかったが、大人っぽくて優しい自分を表現することしか思い浮かばなかった。
 理沙は、彼の前では子供のような幼さと甘えで接してきたが、決して優しくはなかった。優しさが相手を思いやることであるとすれば、理沙には元々持ち合わせていない。それは育った環境にあると理沙は思っている。
 親の勝手な理屈。皆の意見より親の意見、そして、それがいかに場の雰囲気を変えようとも、現場のことを考えようとしない考えに嫌気が差していたことでの反発心から湧き上がってきたものに違いなかった。
 今日の大人っぽい格好。それが決して似合っていないとは思っていない。ただ、目立とうとしても自分にできることではなく、さらに目立とうとして中心に立つと、結局親の一声で、まわりを裏切ることになってしまうことが分かっているだけに、どうしても前に出ることができない。引っ込み思案であるが、そんな理沙も今日だけは大人っぽいおしゃれな服装をすることで、
――ここまで主導権が握れるような性格になれるのか――
 と思えたことが、自分でも不思議だった。
 パスタのお店に入ってどれほどの時間が経ったというのか、四人の中での会話の主導権は、完全に達郎が握っていた。
 達郎の話を恵美は一生懸命に聞いている。時々相槌を打っているが、どうやらタイミング的には絶妙だったようで、さらに達郎は喜々としてまくしたてるように話している。
 理沙は会話に入ることができない。
 というよりも、入ろうという気がしなかった。
 武雄の視線を浴びるだけで精一杯だった。武雄は理沙に何も言おうとしないが、ルビーを気にし始めたことで、何か言おうとしている気がしていたのだが、声を発しないのは、理沙には好都合だった。今声を掛けられても、何と答えていいのか、きっと分からないだろう。そう思うと、理沙には、普段であれば、逃げ出したいくらいのこの場の雰囲気のはずなのに、むしろ楽しんでいるように思える自分が不思議なくらいだった。
 理沙が、自分のことを意識していることは武雄も分かっていたのだが、それは、自分がルビーを見た瞬間からだと思っていた。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次