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聖夜の伝染

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 恵美がどこに行ったのかということを考えるよりも、
――すぐに帰ってくる――
 という気持ちの方が強かったので、理沙はさっきまで考えていたことを思い出すこともなく、ゆっくりとこの場にいればいいと思っていた。歩いてきたことで寒さもしのげたし、後は待ち合わせの二人が来るのを待つだけだった。
 もちろん、恵美が帰ってこなければ、男性二人がいても、意味のないことであった。ただ、恵美が何かを考えたくて席を立ったのであれば、恵美が先に帰ってくるのも、男性二人が先に現れるのも、どちらでも問題はないと思った。それよりも、ここで恵美が一人で何を考え、そして、この場から立ち去るほどの何に行きついたのかの方が興味があった。恵美がどんな性格の女性なのか今はまだ想像もつかないが、分かってみれば、意外と自分と似たところの多い女性ではないかという予感があったのだ。
――こんな気分は久しぶりだわ――
 自分が人を待たせるよりも、待っていることの方が似合っていることに、改めて気付かされた気がした理沙だった。
 恵美は逆に人を待つよりも人を待たせる方だった。元々引っ込み思案だったので、最初は待たされることが多かったが、それを打破しようとして人を待たせる方に回ってみると、意外とこれが自分に合っていることに気付いた。ただ、それが本当の自分の性格から来ているものではないだけに、諸刃の剣のようなものではないかと感じていた恵美だった。
 恵美はその場から立ち去って、しばらくしてから、自分がどこにいるのか分からない状態で我に返った。
「ここは?」
 と思い、あたりを見渡してみた。
 まわりは人の波ばかり、繁華街なので、何か目印はないかと思って見てみたが、確かに見覚えのある場所ではあるが、場所を特定できるものを見つけることができなかった。
 ネオンサインが明々と煌めいている。目に悪いくらいで、最近はこんなネオンサインを見たことがないような気がした。
――私は夢を見ているのだろうか?
 見覚えのあるその場所は、確かさっき振ったばっかりの付き合っていた彼と、一緒に着たことがあった場所だった。しかも、一緒に入ったカフェが目の前にある。どうしてそれを夢だと思ったのかと言えば、その店は今年に入ってすぐに、なくなったからだ。
 潰れたというよりも、同じチェーン店の他の店舗と合併し、こちらが閉鎖になった形になったからだ。確かに客がそれほどたくさんいたような感覚はなく、ゆったりできたのがよかったので、結構何度か一緒に来た記憶があった。店内は思ったよりも照明が明るく、このあたりは繁華街と言ってもそれほど賑やかなところではないだけに、カフェだけが目立って明るいというのも皮肉なことだった。
 店は相変わらず明るいが、客は疎らだった。その中に一人の男性がいるのが見えたが、それがさっき振ってきたばかりの彼だった。
――どうして?
 と思い見つめていたが、彼が席を立って、姿を消したのを見送っていると、どうやら電話が掛かってきたようだった。彼はすぐに会計を済ませ、店を出て行く。そんな一部始終を見つめていたかと思うと、恵美は放心状態になった気分でいつの間にか歩き始めていた。気が付けば来た道に出ていて、さっきの場所までは目と鼻の先まで戻ってきていたのだ。
――私は何を見たのだろう?
 見てはいけないものを見てしまったような気がしたが、これも人を振るということへの報いのようなものかと思うと、これで彼と別れられたことを確信し、却って安心した気分になった。
――これで自由なんだ――
 儀式が終わった気がした。
 元の場所に戻ってきた恵美を見つけた理沙は、思わず笑顔になった。一人寂しいと思っていたところに帰って来てくれたタイミングは絶妙で、
――助かった――
 という気分にさせられた気がしたくらいだった。
 理沙が座っているのを見つけた恵美は、理沙が小さく感じられた。確かに距離は思ったよりもあったが、そこまで小さく見えるというのもおかしなものだ。まわりの人が大きく見える。比較対象に影が差していた。その分理沙がまるで正面からライトが当たっているようで、明るく見えた。そして、表情が想像できるほど、繊細に見えたのだった。
 近づくにつれて、少しずつ影が差しているように見えた。さっきまで見えていた表情に暗いイメージが加わり、複雑な表情をしているようだった。恵美が帰ってきてくれて助かったというイメージは間違いなさそうだが、それ以上を想像すると、まったく違ったものが浮かんできそうだったのだ。
 理沙にとって恵美が帰ってきてくれたことは嬉しいことだったが、近づいてくるにつれて、恵美の表情がおかしいのに気が付いた。普段の恵美を知っているわけではないのに、おかしいのに気が付くということは、だれであってもおかしな表情だと感じることである。無表情であっても、無表情になる前の顔がどんな顔だったのかが、何となく分かるのである。さっきまで笑っていたのか、それとも暗い表情だったのかということがである。今の恵美に対して感じる表情は、さっきまでホッとした顔をしていたのではないかと思えた。――思わず声を掛けてみたくなる表情――
 それが恵美の表情であった。
 恵美が戻って来て、理沙の隣に座った時、ちょうど先ほどの男性二人がやってきた。サンタの衣装を脱いでいたので、さっきとは、完全にイメージが違っていた。背が高いスリムな男性は恵美の隣に座り、理沙の隣には、ずんぐりの男性が座った。サンタの衣装を身に纏っていたので分からなかったが、背が高い男性はイメージ通りの好青年だが、ずんぐりの男性も見た目はさほど悪くない。どうしても体型に騙されてしまっていたようで、理沙から見れば、ずんぐりの男性も悪くないように見えた。
 お互い、男性の間で、どっちが好みかを相談していたのではないだろうか。どちらが主導権を握って決めたことなのか、二人の間にわだかまりはなかったのかなど、二人には分からない。理沙と恵美はお互いにほとんど話をしていたわけではない。特に理沙はしばらくこの場所を離れていたではないか。女性の側は男性の側で、決めてきた相手をまず吟味することから始まり、相手が嫌ならすぐに嫌いになってもいい立場にもいることを利用しても構わない。
――決定権はないが、拒否権はこっちにあるのだ――
 そう思うと、相手に選ばせるのも悪くはないような気がしていた。
 その思いが強いのは、理沙の方だった。
 理沙は自分が主導権を握りたいタイプだが、それは女性の中での主導権であって、男性との間での主導権は男性に持たせるのがいいと思っていた。その方が楽であり、自分の性格が出せるのではないかと思ったからだ。特に前付き合っていた男性が未練がましい人だっただけに、ややこしい相手はごめんだと思っていたのだ。そういう意味でも決定権がなくても、拒否権がある方が、今までの経験からすれば、よかったであろう。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次