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聖夜の伝染

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 気が弱い恵美は、自分から声を掛けることもできない。誰が見ても暗い雰囲気なのだが、なぜか存在感が薄れることはないのだ。恵美と仲良くなりたいと思い仲良くなった人でなければ、恵美の本当の姿は見えないだろう。ただ、友達になっただけの人で、
――まさか彼女がこんな人だったなんて――
 と思って離れて行った女性も少なくはない。恵美は、ベンチに座って、賑やかな大通りの人を目の前に見ながら、そんなことをずっと考えていた。
 目の前に見えている人たち、目には入ってきているのだが、頭の中には入っていない。ただ映像が目の前に広がっているだけで、そこから何かを想像することも、まったくできなかったのだ。
 慌ただしく流れていく映像であればあるほど、頭には何も残らない。
 恵美は、小説を書くことが好きで、中学時代には、よく人の流れを見ながら、文章を考えていた。だが、それも目の前の光景が次第にスローモーションに見えてくることで、ゆっくりストーリーを考えることができるという特技のようなものを持っていたからで、それが元々持っていたものなのか、後から身についたものなのかは分からない。自分では元々持っていたものだと思っていた。
 ただ、それもある程度のスピードや人数の中でしか発揮できない特技であり、クリスマスの喧騒とした雰囲気の中で、そこまでできるとは思ってもみなかったのだ。
 イルミネーションのチカチカした電光も、目に優しいわけではないので、想像するには難しい。光景としては嫌いではないが、何かを想像するには、まったくの不向きだった。何よりもスピードが速すぎるのだ。さすがに師走、師も走るとはよく言ったものである。
 高校時代、大学時代と、男性と付き合っている時の方が多かった恵美は、いろいろな男性がいたことを思い出していた。それぞれの男性が走馬灯のようによみがえってくる。これは男性と別れた時、いつも感じることであり、そういう意味では一番最初に付き合った男性のことを、一番たくさん思い出していることになるのだろう。
 だが、記憶というのは徐々に薄れていくもの。そして限界があるものであろうから、当然新しい記憶が格納されると、古い記憶は薄くなったり、別の場所に格納されたりして、そのうちに思い出すこともなくなるのではないかと思う。そんな中で、忘れたくない男性がいないわけではない。恵美が男性を思い出す時に、一番長く思い出す男性であった。
 彼は大学に入学してからすぐに出会った男性だった。
 まだ女性の友達ができる前で、入学してすぐだったので、男性が声を掛けてくる前だった。
 彼は別にナンパなつもりで声を掛けてきたわけではない。
「英語の授業の教室は、どこですか?」
 というのが、最初に聞かれたことだったような気がする。
「私も同じ授業を受けますので、ご一緒しましょう」
 恵美も、別に男性という意識で答えたわけではなく、同じ授業を受ける相手というだけの印象しかなかったので、その時はそれだけのことだった。
 それから翌日、彼が掲示板の前にいたのを見つけた時、恵美も思わず笑顔を見せた。彼も同じように笑顔を見せたが、
「あなたを待っていたんですよ。よかったら、昼食をご一緒しませんか?」
 と言われた。別に断る理由もないので、一緒に昼食を摂ったのだが、最初は本当に断る理由がないというだけだった。
 だが、話をしてみると、結構会話が繋がり、気が合うのが分かった。恵美が小説を趣味で書いているという話をすると、
「僕も結構書いてるんですよ。今度読んでもらいたいですね」
 小説を趣味で書いている人など、そんなにたくさんはいないだろうと思っていた。それだけに彼の存在が急に恵美の中で大きなものになり、
――仲良くなれてよかった――
 と感じるようになった。
 彼氏として意識し始めるまでにはいかなかったが、彼の方では最初から、恵美のことを彼女だと思っていたようだ。ただ、これが恵美でなければ、素直に喜んだのかも知れないが、恵美はあまりいい気はしなかった。自分の知らないところで勝手に彼女にされていたというのが気に障ったのだ。もっとも、付き合っている人がいて、その人とのことを天秤にかけていた恵美も決してほめられたことではなかった。
「どうしてそんなことで」
 彼から、そう言われたのを思い出した。
「どうしてそんなこと? これって大切なことじゃないのかしら? 自分の知らないところで勝手に彼女だと思われていたというのは心外だわ。知ってしまった以上、少し考えさせてもらうわ」
「じゃあ、知らぬが仏で、知らなかった方がいいと?」
「そうね、知らなかったら、あなたにこんなに食って掛かることもないでしょうからね」
「そうかい。それじゃあ、僕も考えさせてもらおう」
 売り言葉に買い言葉、お互いに言葉のバトルはそれまで信頼していた相手だっただけに、露骨に感じられて仕方がない。
 別れなんて簡単に訪れるもの、
「付き合い始めるのはいいけど、引き際が来た時、最小限のショックにとどめられるような相手も選ばないといけないわね」
 と言っていた友達がいたが、まさしくその通りかも知れない。恵美は、その言葉を思い出しながら、彼と別れた時のことを思い出したのだ。
 ただ、彼が書いていた小説というのは、恵美が見る限りでは、さすがと思わせるところがあった。付き合っている男性とは別れが近いという印象もあったので、天秤にかけているという感覚は正直少なかった。
――ひょっとしたら彼氏になっていたかも知れないあの人、今、どうしているのかしら?
 という思いが強かった。
 彼氏と付き合っている間にも、何人か彼のように、気になる男性が現れて、過ぎ去っていった。
――気が多い――
 と言われても仕方がないのだろうが、それだけで済まされるのだろうか。恵美は自分の性格をまるで走馬灯のようにして思い出すことがあるが、中に入っている小さくて綺麗なビーズが、現れては過ぎ去って行った男性たちのように思えてならなかったのだ。
 恵美にとって、自分にないものを男性に求める気持ちをずっと持ち続けていた証拠ではないだろうか。
 恵美は、いろいろなことを考えていると、今度はいてもたってもいられなくなり、思わず立ち上がった。立ち上がったのも無意識なら、その場から立ち去ったのも無意識、気が付けば歩き始めていて、フラフラと人ごみの中に消えていった。それから理沙が帰ってくるまでの約五分間ほど、そこのベンチには誰も座らなかった。人でごった返していて、他のベンチは埋まっているのに、ここだけは立ち寄る人がいなかったのだ。
「あれ?」
 理沙が帰ってきた時、そこに誰もいないのに気が付いて腰を下ろした理沙だったが、恵美はすぐに帰ってくると思い、そのままそこで待つことにした。この場所から離れてちょうど三十分、時間を潰すには中途半端だったかも知れないが、何かを考えるのにブラブラするにはちょうどよかった。
――彼女もきっと、私と同じように何かを考えていたくて、席を立ったんだわ――
 と勝手に想像したが、あながち間違ってはいない。だが、明確に何かを考えたいという思いがあったわけではない、もっと漠然とした気持ちであり、しかも席を立ったのは無意識だったのだ。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次