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聖夜の伝染

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「私はもう少しここにいて、それから考えます」
 と恵美は答えた。もう少し何かを考えていたいと思ったのかも知れない。
 少し会っただけだったが、理沙も恵美も、お互いに初めて出会ったような気がしなかった。理沙の方は恵美に暖かなものを感じたが、恵美は理沙に何かを感じたというわけではない。本能的に恵美とは初めて出会ったのではないと感じたようだ。
 理沙は、自分が冷ややかな性格なので、人の暖かさが分かるのだと思った。だが、どうしても人見知りしてしまうところがあるので、暖かみを感じるとしても、よほど仲良くなれる相手なのか、それともよほど最初から相性が合うと思う相手ではないと感じることはなかった。
 きっと恵美は相性が合うと感じた相手なのだろう。だが、理沙の中では相性が合うと感じた意識はない、確かに合うような気がしたとしても、確証が意識できていたわけではない。インスピレーションが気持ちを引き寄せたに違いない。
 恵美の方は相変わらずだった。どちらかというと人見知りはしないが自由に対する束縛に繋がるようなことがあると思えば、相手を警戒し、必要以上なことを表に示すことはない。攻撃的になることがある自分の性格を熟知しているのか、普段は興奮しないように、抑えているのだった。
 じっとしているのが苦手な理沙は、
――私って、貧乏性なのかしら?
 と思っていたが、クリスマスのようなイベントの時は、じっとしているのが昔から苦手だった。歩き回っていないと、自分だけが取り残されるようで、悔しい思いをしてしまいそうに思うのは、親の影響もあるだろう。
 子供の頃、旅行に出かけた時、親はいかにも疲れた顔で部屋に横になって、テレビなどを見ていた。あまりにも無防備な姿に子供心に、
――あれが親だと思うと情けない――
 とまで感じるほどだった。
 部屋にいて、あんな親の顔を見ているくらいなら、宿のまわりを散策している方がマシだと思い、表に出てみたりしたが、部屋に帰ってきて親から、
「あなたは落ち着きがないわね。ゆっくり落ち着いたらどうなの?」
 と言われてしまった。
「落ち着けって何なのよ。せっかく遠くまで来たんだから、いろいろ見て回りたいと思うのが当然でしょう?」
 と言いたい言葉を寸でのところで飲み込んだ。
 親は、いや、大人はいつだってそうだ。自分たちの尺度でしかモノを図らない。自分たちだって子供の頃があったはずなのに、それを忘れたかのように、どうして子供に自分の気持ちを押し付けようというのだろう。
――本当に忘れてしまったのだろうか?
 忘れてしまうくらいなら、自分は大人になんかなりたくないと思う。ただ、いつも心のどこかで、
――早く大人になりたい――
 と思っているはずの自分の中に、矛盾した正反対の気持ちがあり、どちらを表に出していいのかを悩みながら同居していることが分かっているかのようだった。
 大人になりたいと思う気持ちと、大人になりたくないと思う気持ち、片方は理由もハッキリ分かっていて、片方は漠然としている。どちらが強いかというと、理沙の場合は、理由がハッキリしている方が強かった。
 それが自分にとってよくないことでも、理由がハッキリ分かっているなら、そちらに従うしかないと思っているのだ。
 街を歩いていると、時間が経つのを忘れるようだった。何かを求めて歩いているわけではないことは確かに時間がもったいないことであり、親がもっとも嫌うことであろう。
「意味のないことをすることは、無駄であり、時間がもったいないことなんだ」
 と親はハッキリ言っていた。まだ理屈も分からない幼児の前で言っていた言葉で、当然意味も分からなかったが、なぜか言葉だけは覚えている。そして、その時に何か嫌な思いがしたことは確かなのだが、きっと親の顔が怖かったのかも知れない。
 どんな顔をしていたかなど覚えていないが、気持ち悪さが漲っていたことだけは覚えている。大人になってまで、顔は覚えていないし、意味が分からなかったことだったはずなのに、言葉だけは覚えているというのも、実に皮肉なものだ。親に対する反発心が頭から離れないのは、訳も分からない幼児にまで、言い聞かせようとしたという事実があったからに違いない。
 三十分ほど、何も考えず、どこに寄る予定もなくただぶらついていただけの理沙は、足に疲れだけを残して、元の場所に戻ってきた。約束の時間まではまだ少しあるが、それでもこれ以上歩き回る気はしなかった。足の疲れはピークだったし、それよりも何もしていない中で、歩くことに飽きてきたのだった。
 それでも何もせずにその場にいるよりはマシだっただろう。もしそのままこの場所にいたら、何をしていいか分からず、ただ果てしない時間の中に身を置いてしまったかのように、まったく過ぎてくれない時間を気にすることになったはずだからだ。
――なかなか時間が経ってくれない――
 そんな気持ちになったであろう。
 その間、恵美はというと、想像力を膨らませていた。
 この場所で何をするというわけではなく、ただ人の群れを見ているだけだったが、頭の中では、目を瞑って、見えていた先は、理沙がこれから見るであろう、歩き回った街の光景だった。
 想像力を膨らませるのが好きな恵美は、理沙と一緒に行動するわけではなく、一人ここで佇んでいる中で、目を開けていても心の中にある目に集中し、目を瞑っては、違う世界を想像していたのだ。
 違う世界というのは、文字通りの別世界という意味ではない。自分が見たことのない世界、つまりは他人の「目」になって、瞼の裏にどんな光景が浮かんでくるかを想像することで、満足感を得ようとするのが、恵美にとっての違う世界という意味だった。現実的なところがある恵美だったが、人の目になって想像することだけはやめられない。この思いを誰にも知られたくないという気持ちから、えてして一人になることを望む自分がいる。決して人に知られたくないという思いがあり、それは知られてしまうと、想像したものがすべてウソであるというレッテルを自分で貼ってしまうことになるからだった。
 恵美は、理沙が感じたこの三十分という時間と自分が感じた時間とであれば、どちらが長かったのか気になるところであった。理沙は、恵美に対して気になるところがあっても、それを意識してしまおうとは思わない。それは理沙が何かを考えても、恵美には関係のないことだと思うからだ。
 逆に恵美は理沙のことがどうしても気になる。必ず何か比較対象を求めていることに気付いてはいないが、気になるということは、絶えず人と何か自分を比較しているところがあるということだ。今まではなかなか気付かなかったが、理沙という女性と知り合ったことで、恵美の中で、今まで気付かなかったことを次第に気付くようになっていくことに対して、最初は違和感として捉えていたのだ。
 違和感は、理沙の側にもあった。恵美の視線を時々強いものとして感じることがあるからだ。いつも感じているわけではない、急に強い視線を感じ、ハッとしてしまうことがあるからだった。
 理沙はそれでも初めて会ったはずの恵美に好感を持っていた。
 理沙は、自分にないものを持っている人に憧れがあった。男性を好きになる基本は、
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次