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短編集42(過去作品)

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 砂時計を買って帰って、しばらくはひっくり返すことをしなかった。部屋を暗くしないと意味はない。いくら自分の部屋とはいえ、いや、自分の部屋だからこそまったくの一人なのであって、孤独を感じるにはそれなりに気持ちを整えなければいけない。そのことに気付いたのだ。
 部屋を真っ暗にすることから慣れることにした。寝る時には豆電球にしないと眠れなかったのを、真っ暗にして寝るようにしたりしたが、暗さに慣れてくると、今度は表が気になってくる。
 カーテンの向こうにシルエットとして、表の木々が浮かび上がっている。風が吹くたび揺れるのが、神秘的に見えてくる。表も暗いはずなのに、中よりも明るく感じるからこそ暗闇を恐怖と感じるのだろう。
 暗闇に慣れてくると、砂時計が光っているのが分かってくる。普段は赤く光っているのだが、綾香が気にすると、明るく光ってくれる。
――この砂時計は私の気持ちが分かるのかしら――
 見透かされているようで気持ち悪い、
 以前綾香は田舎で犬を飼っていた。小型犬のポメラニアンで、一番綾香になついていた。名前を呼ぶだけで走ってくる犬を見ていると、自分が普段友達の後ろについて歩くだけでもいいと思えてくる。それほど、普段から目立つことへの執着もなくなってきている。
 猫は嫌いだった。人につくのではなく家につく猫は、自分勝手に生きている動物の象徴のように思えたからだ。しかし、考えてみれば一番潔く、自分の置かれている立場に一番近いのが猫であるような気がして仕方がない。
 だから猫が嫌いだったとも言える。
 あまりにも自分に似ていると客観的に見ることができなくなり、猫と目が合ってしまうとかなしばりに遭ったみたいになるだろう。一気に疲れ果てるに違いない。
 猫に睨まれてその場から動けなくなったこともあった。猫も同じような目でこちらを見ている。どちらも目を離せなくなってしまい、額から流れる汗を綾香は感じていた。
 さらに猫は暗闇で光る目を持っている。一度光る目を見たことがあったが、最初に感じたのは青い色だった。しかし、少し角度を変えるだけで、猫の目は真っ赤に変わってしまった。
――まるでルビーのような色だわ――
 と感じたが、まわりがこれだけ暗いのに、どこからこれだけの明るさを出せるのか不思議だった。
 猫の目が光るというが、本当に発光しているわけではない。光っているものが反射して光っているように見えるだけだ。だがその時に見た猫の目は実に透き通っていて目の奥がどうなっているか見えるのではないかと思えたほどである。
 しかし実際には目が明るすぎて見ることなど不可能で、目が鏡のように見えるのがやっとだった。そこに写っている綾香は実に小さく、睨まれたその目に吸い込まれてしまった錯覚に陥っていた。
 砂時計をひっくり返した瞬間、色が変わったことで驚いた綾香だったが、本当に驚いたのは、以前に見た猫の目を思い出したからだ。色が変わったことへの驚きではない。砂時計を見ていて、猫に感じたのと同じ思いを感じたからだ。少し気持ち悪さはあったが、その瞬間に、砂の色に魅入られてしまったのも事実である。
 ポメラニアンが一番なついていたのは綾香だった。しかし、綾香が砂時計を買ってきてからポメラニアンは綾香に寄り付かなくなった。その理由が猫にあることは分かっていた綾香だったが、一度も砂時計を見せたことがないはずなのに、どうして犬が怯えるのか不思議で仕方がない。
 以前は部屋に入れてほしくて部屋の前で鳴いていた可愛い犬だったのに、いつの間にか綾香の部屋の前を通ることさえしなくなった。しばらくすると見る見るうちに痩せ細り、寝たきりのようになって、そのまま病死してしまった。原因は分からず仕舞いだった。
「きっと精神的にストレスが溜まっていたんでしょうね。人間も動物、あの時の犬を見れば変なストレスを溜めないようにしないといけないわ」
 と母が言っていた。
 部屋に置いてある砂時計を見るようになってどれくらいが経ったのだろうか。縁日から買ってきて部屋に飾ってはいたが、毎日のように見るようになったのは一人暮らしを始めるようになってからだ。まだ一年も経っていない。
 最近は砂時計を見ていて、いろいろ分かってくるようになってきた。
 不思議な現象についての説明はできないのだが、新しい不思議な現象を発見し、そのパターンが分かってきた。
 ひっくり返すと赤になったり青になったりしているが、その日によって赤が気になる日と、青が気になる日とがある。毎日違っているといってもいいかも知れない。
 砂の色が翌日の運命を暗示しているのではないかということに気付いた。
 真っ暗な部屋でひっくり返す砂時計。まず気になるのは砂の色だ。真ん中の狭い通路を抜けて、下に落ちるどこかで色が変わっていくのだろうが、どうしてもどのあたりで変わってしまうのか分からない。
 粒子が細かいのかとも感じたが、そのわりには下に落ちた時に弾ける光を帯びた粒子をハッキリと感じることができる。
 光っていることも不思議だ。何かを暗示させるではないか。そう思って見ているとパターンが分かってきた。
 どうやら砂の色には翌日のことを暗示する予知能力のようなものがあるようだ。
 青い色を感じると、自分以外の人の何か、赤い色を一層感じると、自分の何かが暗示されている。
 内容に関してはハッキリとはしないが、微妙な色の違いで、いいことなのか悪いことなのかが決まってくるようだ。
――翌日のことが何となく分かるというのも気持ち悪いものだわ――
 あまり大きな出来事が起こったわけではないので、気持ち悪いと思う程度で済んでいるが本当に大変なことだったらと思うとゾッとする。
 今まではハッキリと光っているのが分かった。青い色の光は身近な運命を暗示していてあまり悪いことは起こっていない。他の人にとっていいことなので、自分のことのように喜んであげられればいいのだが、綾香にはあいにくそういう正確は持ち合わせていない。
――人の幸福って、本当に羨ましいわ――
 どちらかというと嫉妬心が強く、特に同性が男性のことでうまくいくなどということは綾香にとって羨ましい限りである。
――だから青い色を感じるのね――
 本当は自己中心的な考え方を持っていることを自覚している綾香にとって、人の幸福を素直に喜べるほど器が大きくないことを知っていた。むしろ人の幸福を自分のことのように喜んでいる人を見ると、
――自分にプライドがないのかしら――
 と余計な勘ぐりをしてしまう。
 綾香が見ていると、
――どうしてあんなに人のことで喜べるのかしら、いつかは自分だって、という気にならないのかしら――
 と不思議でならない。
 心の底で思っているのなら、少なくとも顔に出てくるだろう。しかし、そんな雰囲気はまったく感じられない。綾香自身、他人の洞察力に欠けるところがあるのは否めないが、それにしてもと思ってしまう。
 今まで綾香は自分が幸福だと思ったことはない。ひょっとして人から見れば幸福に見えることもあったかも知れないが、感じたことがない。
――こういうのを不幸っていうのかしら――
作品名:短編集42(過去作品) 作家名:森本晃次