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短編集42(過去作品)

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 付き合っている頃に何度か抱いたが、その時の懐かしさがよみがえってくる反面、どこか違う女を抱いているような気持ちになったのは気のせいだろうか。知っている理沙子ではないような感覚があったのは、それだけ月日が流れたということだろうか。
「何となく、今までの君じゃないようだ」
 思い切って聞いてみた。もし、これが月日が原因ではないとすれば返ってくる答えは決まっている。そういう信夫だって、理沙子に同じ思いを抱かせているかも知れない。返ってくる答えを考えれば想像がつくというものだ。
「私、実は今お付き合いしている人がいるの」
――やはりそうだったのか――
 言われてみればすべてに納得がいく。恥じらいを持っていたのも、今までの理沙子からは考えにくいことだった。以前に付き合っていた男性を目の前にしての恥じらいとはどこかが違うと思っていたからだ。
 理沙子に男がいると感じた瞬間、胸の奥にこみ上げてくるものを感じた。それが嫉妬であることはすぐに分かったが、自分も表に出せる立場ではない。しかし、その時に感じたのは、
――やはり自分が理沙子を本当に好きなんだ――
 ということだった。もし、理沙子と再び付き合うことができないとしても、皐月とは近い将来別れることになるのは避けられないと感じていた。
 それはしばらくして現実となった。
――何て、私は汚い人間なんだろう――
 と感じたが、別れを言い出したのは皐月の方だった。
「あなたは私を見ているんじゃないのね、誰か私の後ろに他の女性を見ているんでしょう?」
 言い返すことができない。できるなら何も言わずに別れたいと考えていたくらい自分が汚い人間に見えてきた。
 理沙子を意識し始めてから、確かに皐月への想いは急速に冷めていった。子供っぽいところがあり、恋愛感情には鈍感な皐月にも分かるくらいの冷め方である。これも信夫の優柔不断さからくるものだ。
――どうせ別れるなら、自然消滅のような形がいい――
 と考えたからで、皐月が相手なら自然消滅もありうると思った。
 元々、指摘されて言い返す言葉にいつも困る信夫は、自分から別れの言葉を告げることを怖がっていたのだ。
 女性とは喧嘩をしたくない。時々ドラマなどで別れのシーンを見るが、男が情けなく写るのは、何を話してもすべてが言い訳にしか聞こえないからだ。言い訳をするくらいなら責められて言い返せない方がマシだと考えていた。
 しかし、実際はあまり変わらない。結局自分が汚い人間に見えてきて、自己嫌悪に陥ってしまう。自分の感情を貫き通せないところも、自己嫌悪の原因である。
――最初から自然消滅をもくろんでいたのなら、自己嫌悪に陥る必要もないのに――
 という考えに至るまで、自分のことが分かっていなかったのだ。
 しこりを残したままの別れとなってしまったが、トラウマとして心の中に残ったのは言うまでもない。こうなったら、理沙子と意地でもよりを戻さないと自分の中で納得がいかない。果たして理沙子はどうなのだろうか。
 皐月と別れて数日後、理沙子を呼び出した。
「この間、付き合っている女性と別れてきた」
「そうなの。でも、どうして?」
 他人事のような理沙子のリアクションに少し苛立ちを覚えたが、自分が皐月と別れたことに関して、理沙子の存在があったことに気付いてくれていないのだろうか。
――いや、そんなことはないはずだ。その証拠にこの間のような恥じらいが、一切ないではないか。却って主導権は自分にあると言いたげに見える――
 当たらずとも遠からじであろう。
 堂々とした風格は出会った頃の理沙子のものだった。どちらかというと計算高い理沙子は冷静に状況判断をするのが得意である。
 信夫には、少し甘えたがりな性格がある。普段から凛々しくしていたいと思うのはその裏返しで、
――潔いのも男らしい証拠――
 と思っている。
 別段意識しているつもりはないが、特に女性の前に出ると、時々甘えたがりな性格が表に出てくるのを分かっているからだ。
 理沙子と皐月ではかなり性格が違う。甘えたがな面がかなり強いお嬢様である皐月、信夫の前では決して甘えた態度を取ることのない理沙子、どちらもそれぞれに魅力を感じている。
――二重人格なのかな?
 とも感じたが、性格の違う女性を好きになることは信夫に限ったことではない。それ以外で二重人格性を感じる何かがあるのだ。
 時々、自分が何を考えていたのか忘れてしまう時がある。たった今考えていたことを忽然として忘れてしまう。何かを考えていたのは覚えているのだが、思い出そうとすると、ベールに包まれていて、こじ開けることができない。考えれば考えるほど袋小路に入り込んでしまうというものだ。
「村松さんは、よく考え事をしているようだけど、何かを思い出そうとしているのかな?」
 と喫茶「ボヤージ」のマスターに言われたことがあった。
「考え事というんでしょうか? さっきまで考えていたことを覚えていないんですよ」
「それは、きっと何か自分のことで気づいた時かも知れませんね。自分で認めたくないことを否定したい自分と、そうでない自分の葛藤があるんじゃないかな? 私なども時々あるようなんですよ」
「二重人格じゃないかと思うんですよね」
「まあ、人間誰しも、大なり小なり二重人格的なところはありますよ。それをいちいち気にしていたんじゃ、生活なんてできないですからね」
 そう言って、微笑んでいたのが印象的だった。
 確かに忘れっぽいところのある信夫は、寸前まで考えていたことを考えていたことでもすぐに忘れてしまっている。忘れてはいけないと自覚していたことほど忘れているのだ。
――何かがトラウマで残っているのだろうか――
 理沙子のことはイメージとして残っていたことに間違いはないのだが、どこかが以前と違っているように思えてならない。それがどこだかまったく見当もつかないが、抱いてみるとその思いはさらに強くなっていた。
 それは理沙子が変わったのか、それとも信夫が変わったのか、はたまた二人とも少しずつ変わったのか、一番考えられるのは、最後だろう。
 信夫は少し変わったように思う。それは皐月という女性の存在によって、本当の自分というものが少し分かってきたように思うからだ。遠回りだったようにも思うが、理沙子に戻ってきた感情は、ある程度自分の中で確立されている。
 しばらく理沙子とは付き合っていた。別れが訪れるなどという感覚は信夫にはなく、理沙子にもないと信じていた。
 お互いの身体の相性はピッタリで、それが一番だった。感情が後からついてくるもので、身体の隅々まで分かっていると、相手の考えていることも自然と分かるような気がしてくるのだ。
 理沙子は自分が優位に立とうとしているところがある。最初から分かっていたことだが、皐月にはないところで、他の女性に求めていたことかも知れない。
 だが、誰でもいいというわけではない。本当に最初から優位に立つことを前面に出す女性は相手にしないだろう。きっと苦手なタイプだからだ。
――理沙子と皐月、皐月と理沙子――
 どうしても比較してしまうところがある。抱いた感触もまったく違っているし、反応ももちろん違う。
作品名:短編集42(過去作品) 作家名:森本晃次