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オーロラとサッチャー効果

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「標本の中に、そういうものを見たことがあった記憶があるんじゃないの? たとえばどこかの展示か何かで」
 と言われて思い出してみたが、その時には思い出せなかった。
 だいぶ後になって思い出すことになるのだが、それを見たのは、確か百貨店の催しもの会場だったように思う。
 世界の動物たちという催しものだったと思ったが、その中に確かに白ヘビ以外にも瓶詰めの標本が飾ってあったようだった。
 それを見たのは、まだ十歳にもなっていなかった頃だったように思う、その時の思いが強かったのか、おとぎ話の中でヘビが出てくると、思い浮かぶのは白ヘビしかなかったのである。
――白ヘビって、妖女の化身なんだわ――
 と感じた。
 白く艶のある滑らかさが、女性の肌を思わせたからなのか、それとも、おとぎ話で出てくる女性の多くが白装束だからなのかであろう。
 特におとぎ話としては、「天女の羽衣」であったり、「雪おんなの白装束」であったりと、どうしても、白い色というと、女性の妖怪を思い浮かべるのだった。
 だが、この時の翔子は、近藤守に白ヘビを思い浮かべた。
 確かに彼はナヨナヨしていて、
――まるで女の腐ったような――
 と言われているというのも頷ける。
 ただ、それを自分の口から言うのは、翔子には許せなかった。まるで自分が非難されているかのようにも聞こえ、そうではないと分かってはいるが、気分的にあまりいいものではない。
 翔子は、
――こいつ、私の思い通りにできれば、気持ちいいだろうな――
 と、目の前にいる彼を品定めしているかのように感じた自分が、頼もしく思えるほどだった。
 実際に、それからの近藤は、翔子の言いなりだった。
 お互いに肉体関係は結ばないが、
――男なら、我慢できないくらいまで、彼の欲望を引き出してみたい――
 という、もはや悪戯心では済まないところまで来ている自分を、怖いとは感じなかった翔子だったが、後になって思うと、顔が真っ赤になったり、真っ青になったりと、羞恥と怖いもの知らずだった自分の浅はかさに、まるで信号機のように色が変わっていたに違いない。
 だが、彼には男としての欲望が欠如しているようにしか思えなかった。翔子に欲情していると感じたことはない。
――こいつは本当に男なんだろうか?
 と感じていた。
 その時、自分が尋常ではないことに翔子は気づいていなかった。それまで人と同じでは嫌だというのを意地だと思っていたが、意識している感覚は間違っていないと感じていた。しかし、近藤を見ていると、何かむしゃくしゃした感覚とは別に、ムラムラしたものを感じた。このムラムラは、相手を異性として見ているものではないにも関わらず、欲情が篭ったものに思えてきた。
 最初はまったく感じなかった欲情なのに、相手が欲情を自分に感じていないと分かっていながら、相手に対して自分の方が感じてしまうことは、何となく悔しさがあった。
 まるで負けたかのような感覚に、
――意地でも私が支配してやる――
 という思いが募ってきたことで、近藤に対して自分が優位でなければ我慢できない思いに至った。
 近藤の方は、そんなことはまったく意に介していないかのように平然としている。ただ、近藤は翔子の言うことは何でも聞いた。もちろん翔子としても、無理なことは言わない。彼の自尊心をくすぐるような命令であったり、自分の優位性を感じたいための命令であったりと、翔子主導の命令だったが、それを彼はどう感じているのか、抗う素振りはなかった。
――こいつ、何を考えているんだろう?
 最初こそ、自分の命令に従う相手に優越感を持ち、自分の自尊心を満足させていたが、ここまで相手が抗おうとしなければ、まるで自分が悪いことをしているかのような錯覚に陥り、自分を納得させることができず、却ってストレスを溜めることになってしまった。
「あなたは、どうして私にそんなに従順なの?」
 と思い切って聞いてみると、
「その方が安心できますからね」
 という返事が返ってきた。
「あなたには自尊心やプライドというものがないの?」
「そんなものあったって、何の得にもなりませんからね。相手を満足させれば自分は安全だと思えば、これほど楽なことはない。自尊心なんて、百害あって一理なしですよ」
 と、サラッと言ってのけた。
 翔子があっけに取られていると、
「翔子さんだって、僕が言うことを聞いていれば満足なんでしょう? 自尊心をくすぐられて嬉しいんじゃないですか?」
 と言って、ニヤッと笑った。
 その表情が気持ち悪くて、ゾッとした翔子だったが、
――こいつは、どこまで相手のことを分かっているのかしら?
 まるで千里眼でもあるかのようなその目に、翔子は自分が丸裸にされているようだった。
 そして、その場所は針のむしろであり、誰からも見られていないのだけが不幸中の幸いだと思っていたが、気がつけば、無数の人がこちらを見ている。
 どれも見覚えのない顔で、何よりも彼らには精気がなかった。白装束を着ていれば幽霊だと分かるような雰囲気だが、そのみすぼらしいいでたちは、幽霊にもなりきれなかった浮遊霊のようではないか。
 浮遊霊などという言葉が存在しているのかどうか分からないが、存在しているという確証がないのに、目の前にいる人たちは、存在できるスペースをはるかに越えて、他の人と重なった空間に存在しているように見えた。数が無数に感じられたのは、かぶって見えたからに違いない。
 彼がそんな連中の仲間だというわけではない。無数の人たちを感じたのは一瞬であり、すぐに見えなくなった。見えなくなってしまうと、。その連中がどんな雰囲気だったのかということも意識の中から飛んでいた。一瞬だけ浮かんで消えた衝撃的な光景は、
――夢だったんじゃないか?
 という、いつもの納得できない自分を納得させるための言い訳に収まっていた。
「私は、あなたに対して自尊心を感じたことはないはずだと思うわ。ただ、あなたが私を頼ってくるから、私が助けてあげているのyp」
 そう言いながら、
――なんて上から目線の言い方なんだろう?
 と自覚していたが、それ以外に彼に対しての言葉は思い浮かばなかった。
 あくまでも翔子は近藤に対して高飛車だった。相手が上を見上げるような視線をしているから、翔子も上から目線になるだけだ。
――自分が悪いわけではない、悪いとすれば相手の方だ――
 と翔子は、自らに言い聞かせていた。
 その時、
――これが本当の私の姿なんじゃないかしら?
 人を見下すという性格が、自分の本性ではないかと思うようになったのは、この頃からだったように思う。
 近藤とは、性的な交渉はなかった。翔子は別に処女でいることが重たいとも、処女を失うことが怖いとも思っていない。
――来る時が来れば、その時に失うだけのものだわ――
 と、楽天的に考えていた。
 翔子は中学を卒業するまで男の子を好きになったことはない。相手を男性として意識したことがないというべきであろうか。まわりの女の子が彼氏ができたといって騒いでいるのを見て、ただ冷めた目で見ていただけだった。