オーロラとサッチャー効果
「それは私が翔子さんの立場になって考えることができるというのが一番なんだけど、苛められていた時というのは、思ったよりも冷静にまわりを見ているものなの。あなたの様子を見ていると、あの時の傍観者の中で、どんな立場の人が翔子さんのような視線を浴びせる人なのかって思うと、おのずと分かってきたというものなの」
「そうなんですね。あなたのような人とお友達になれると思うと、少し安心感が湧いてきたわ」
翔子は、彼女が自分を見透かしていると思うと、
――話す時に、言葉を選ばなければいけないわ――
と感じた。
しかし、相手に見透かされているからと言って、言葉を選んでいると、何も話せなくなる自分を感じた。
――それだけは避けなければ――
と翔子は感じた。
だからと言って考えながら話をしていると、何を考えて話始めたのか分からなくなり、言葉がしどろもどろになることで、結局、支離滅裂な会話にしかならないことは分かっていた。
しかし、そんな危惧を抱くことはない。なぜなら、翔子の話したことに対して、彼女は的確な言葉を返してくれるからであった。
――これが真の親友というものなのかしら?
と感じた。
知り合ったのが、ついさっきだというのに、もうすでに親友の域にまで感覚が及んでいるなど、それまでの翔子には考えられないことだった。
それだけ、今まで翔子には心の通じ合える人がいなかったということで、そんな人に出会えたことが嬉しかった。
――一生を通じても、なかなかこんな人に出会えないのかも知れないわ――
そう感じた翔子は、自分の親を思い浮かべてみた。
家族のためという言葉を盾に、両親は忙しそうにしている。
父親は毎日仕事で遅くなり、母親も昼間はパートに出かけ、朝夕は家事に追われている。両親とも、それぞれの立場を理解しているような言葉を吐いているが、実際にはどうなんだか分からないと、翔子は思っていた。
その証拠に、両親は結構喧嘩をしている。
しかも、その喧嘩の理由は些細なことだった。些細なことのはずが、途中から意地になってしまうような喧嘩に発展する。その理由が翔子にあった。
翔子のことを必ず、両親のどちらかが話題にする。それは最初から約束されていたストーリーであったかのように、毎回のシナリオだった。
――どうして、ここで私が出てくるの?
翔子は、聞き耳を立てなくても聞こえてくる、両親のお互いへの罵声に、いつもウンザリさせられていた。
そして、自分の話題が出ると、収拾がつかなくなるのもいつものことで、自分の話題が、喧嘩をこじらせることになるのは分かっていたが、最近になって、
――私の話題を出すことが、自分たちのストレスを相手にぶつけることになるんだわ――
と感じるようになった。
子供の話題になると、お互いのことではなくなる。教育方針の問題にすり替えようとしているのだろうが、自分のことでなければ、相手に責任転嫁することは実に簡単なことだった。
ただ、話題が翔子に移ると、そこから先は一気に喧嘩が収束に向かうのだった。
一度収拾がつかなくはなるが、それだけに、鉾の納めどころも見えてくるという一見矛盾しているかのような状況を生み出していた。
そんな夫婦喧嘩を思い浮かべていると、大人の世界の薄っぺらさのようなものが感じられた。
――あんな大人になんかなりたくない――
と思うと、思い出すのが、小学校時代の団体だった。
長いものに巻かれるのが、大人の世界だと翔子は思っている。本当にそれだけなのか考えていたが、もっと深いところも考えなければいけないと感じた。
翔子は親友ができた時、大人の世界を単純に見てはいけないと思いながらも、その反面で、
――あんな大人にならなりたくない――
と感じたのも事実で、翔子は大人と子供の境目がどこにあるのかを考えるようになっていた。
中学時代にできた親友とは、中学時代は文字通りの親友だったが、高校に進学すると、別々の学校になってしまった。
翔子の方から最初は連絡をしていて、彼女の方から連絡をくれることはあまりなかった。それでも、翔子はいいと思った。高校に入学してから友達も数人できたが、親友と言えるような相手に出会ったことはなかった。
――皆、自分のことで精いっぱいなんだわ――
と感じたが、そう思って友達を見ると、今度は自分を顧みて感じたこととして、
――私だって、同じなのかも知れない――
と感じた。
――この人のためなら――
と思える人が現れれば別だが、結局は自分が一番かわいいのだ。
「彼氏ができても、お友達だよ」
と、高校になってできた友達に言われた。
「何言ってるの。当たり前じゃない」
と翔子は答えたが、その言葉に偽りはなかった。
正直そう思っていたし、彼氏ができるなど、想像もしていなかったからだ。
――この人のためなら――
と思える人ができるとすれば、それは彼氏だということに、その時の翔子は気付いていなかっただけなのだ。
高校生になって、最初の頃は彼女と疎遠になった理由は、別々の高校に通い始めたからだというのは表向きの話で、二人の間に連絡したりしなかったりと、中学時代までにはなかったぎこちなさが生まれてきた。
そこには、最初からしこりのようなものがあったのかも知れない。それは翔子の方で感じていたものではなく、彼女の方が感じていたものだった。
高校に入学すると、翔子は相変わらず人に馴染めなかった。
――人と同じでは嫌だ――
という発想があったからであるが、ぎこちなさはそのうちに溝になって現れた。
最初はそれでもいいと思っていた。友達なんかできなくても、一人でいればいいと思っていたのだが、そんな思いはまわりに伝わるもので、自然と人が相手にしてくれなくなった。
それは、クラスメイトだけではなく、先生も翔子を避けているようだった。翔子はそれでもよかっ。しょせん先生も公務員、触らぬ神に祟りなしだと思っていたのだろう。
ただ、彼女は違った。
「翔子は、高校に入って新しい友達を作って、私のことなんか忘れてしまうんでしょうね」
と、言っていたが、
「そんなことないわよ。私たちは別々の学校に入っても、ずっと親友よ」
と答えた。
翔子とすれば、自分が高校で浮き上がっているのが分かっていたので、彼女を引き止めておくことに必死になっていた。本人は気にしていないようだが、やはり高校生活で浮いてしまっていることは、少なからずショックだったに違いない。
そんな翔子の態度が必死すぎるのは、彼女にも分かっていた。今までの翔子からは考えられないようなうろたえぶりに見えたのだろう。
そんな翔子を見て彼女は、一気に冷めてしまったかのようだった。
――翔子って、こんなんだったんだ――
一度冷めてしまうと、修復は不可能だった。
ずっと一緒にいても、一気に冷めてしまった思いを元に戻すのは至難の業に違いないのに、学校が別々であると、ほとんど無理であろう。なぜなら、それぞれに新しい世界を形成していて、相手のことを考える余裕が本当にあるのかどうか、難しいところだからである。
そんな翔子のことを気にかけている男の子がいることに翔子は気付かなかった。
作品名:オーロラとサッチャー効果 作家名:森本晃次