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オーロラとサッチャー効果

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 顔や体格が似ているというよりも、雰囲気が似ているというべきだった。どこか人懐っこさがあり、それが彼の実直さを感じさせる。まさに最初に付き合っていた男性に好感を持った時のようだった。
 その時は、中途半端な別れになってしまったことを後悔している。彼の精神状態を安定させてあげようと思ったことで、彼を放置してしまったと思った翔子は、自分が上から目線で相手を見ていることに気付かされた。だから、彼の本当の苦しみがその時分からずに彼を放置する結果になったと思ったのだ。
 あの時の彼は、一人になりたいと思っていたのは間違いないのだろうが、その反面、一人になることを怖がっていたような気がする。翔子は彼の見えている部分だけしか見ようとせず、内面的なことに目を瞑ってしまったのではないかと思い、それが後悔に繋がっていた。
 北欧帰りの彼は、名前を田村と言った。田村を見ていると、
――自殺した彼よりも、近藤の方に似ている気がするわ――
 翔子は、近藤と一緒にいる時は、自分が付き合っていたと思っていたが、麻衣と接触したことで、付き合っていたという意識を、記憶の中に封印した。それで自殺した彼が最初の交際相手だと思ったのだが、今では、自殺した彼と近藤を頭の中で同一人物のように思うようになった。
 麻衣や、近藤とはあれから会っていない。二人がどうなったのかも分からず、たまに夢に出てきては、
――これは夢なんだ――
 という意識を持たせることで、夢から覚めても意識だけは残っているが、抜け殻の意識だった。
 抜け殻の意識というのは、なかなか忘れることはない。その思いが、自殺した彼とシンクロしていることで、意識を抜け殻にしているのかも知れない。
 翔子は彼が自殺したことで、自分の意識から抜けないことは分かっていた。無理に抜こうとすると余計に忘れられなくなってしまうので、
――意識しながら、無意識で行こう――
 という一見、矛盾した発想になっていた。
 北欧から帰ってきた彼は、翔子を意識しているようだ。
「新宮さんとは、初めてお会いしたような気がしないんですよ」
 と彼から言われて、
「そうですか? 私のような人はたくさんいるので、そのうちの誰かと勘違いされているんじゃないですか?」
 と言って微笑んだが、翔子の中で、
――こんな当たり前のことをいうような女だったかしら?
 と苦笑いをする自分を感じた。
 皮肉にも取れるこの言い回しは、ドラマのセリフとしては定番な気がした。そして、自分がそんなありきたりなセリフを口にしているのを感じると、
――人と同じでは嫌だ――
 と感じている自分に反発してみたくなるのだった。
 もっとも、人を見下すところのある翔子は、なぜ見下すような態度を取るのかというと、考えられるのは、
――上から見ることで全体を見渡せるからだ――
 と思っていたのだが、もう一つ思い浮かぶことがあった。
 それは、
――上からの方が、下からよりも距離を感じることができるからだ――
 と思っていることだった。
 いくら親しくなったからと言って、相手と一定の距離を保っていたいと思っている翔子が妄想の中で一定の距離を保てるのは、上から見た時だと感じたというのは、決して無理なことではないような気がした。
 そんな上から目線の人を、本当は毛嫌いしているのが自分だということを、翔子は理解していた。
 その思いがあるからだろうか。北欧から赴任してきた田村に対しては、
――素直で従順な女性を演じよう――
 と考えた。
 実際に、田村はそんな翔子に惹かれているようだった。会社では一番話しかける相手は翔子だったし、翔子の方でも、ほとんど他の社員とは接触のなかった自分に、赴任早々話しかけてくれる彼に、決して悪い気はしなかった。
「今日、仕事が終わったら、夕食など一緒にどうですか?」
 そんなことを言ってくる人は誰もいなかった。
 翔子の事務所では、少数にも関わらず、いくつかのグループが存在していた。少数なだけに誰かは必ずどこかのグループに所属している感じだったが、翔子はどのグループにも所属していない。
 事務所の雰囲気から、最初にどこかのグループに所属しなければ、途中から所属することは難しかった。なぜなら、それぞれのグループが意識し合っていることで、一触即発の場合もあるくらいにピリピリしている時もあった。当然途中から参加するというのは、グループにとっても、本人にとっても、リスクを感じさせるもので、ぎこちなさがハンパないと思われるのだった。
 翔子はそれでもよかった。一人孤独な中で、上から見ていると、下々の人がグループという箱庭の中で蠢いているとでも思ったからだ。
 そうでも思わないと、孤独に苛まれるのだろうと最初は思ったが、上から見ていると、それほどグループというのもたいしたものでもない。
――上から見るに値するものでもないわ――
 と、事務所のグループを見限っていた。
 それでも、仕事は仕事、人一人一人を見限っているわけではない。翔子はそのあたりはわきまえているつもりだった。
 それでも、まわりが翔子のことをどう思っているのか、想像がつかなかった。翔子はせめて一人一人を尊重しているつもりでいたが、まわりはどうだろう? どうしても上から見るくせは抜けていないだろうから、そんな視線を感じた人は、翔子のことを胡散臭く感じているに違いない。
 そんな人が少なからず存在していることは分かっていたが、それが誰なのかまでは、なかなか分かるものでもなかった。
 翔子が田村と話をする機会は結構早く訪れた。
「新宮さん、僕はまだこの会社に慣れていないので、いろいろと教えてもらいたいことがあるんですよ」
 と言って話しかけてきたのだ。
 その笑顔は前に付き合っていた彼の笑顔に似ていたが、彼を思い出すということは、別れのきっかけにもなったであろう電車の中で煮え湯を飲まされた時に感じた屈辱に震えていたあの顔を思い出すことにもなるのだが、田村の笑顔を見ている限りでは、そんな感情は無用のようだった。
「僕は久しぶりの日本なので、よく店とかも知りません。新宮さんのいいところでいいですよ」
 彼の言い方は、どこか「教科書」的なところがあり、感情が籠っていないようにも聞こえたが、表情が豊かなので翔子はあまり言葉の抑揚は気にならなかった。しかし、人によっては表情が豊かなだけに、
「あんなに淡々と話されると何を考えているのか分からないわ」
 と感じさせるかも知れないとも感じた。
 翔子は、彼の言葉に甘えるような形で、普段行っている居酒屋に連れていった。かいっ外から帰ってきた人には、海外風の店の方がいいのかも知れないとも思ったが、海外帰りの人の中には、
「日本風が懐かしい」
 と思う人がいるだろうと思ったことでの選択だった。
「居酒屋って大学時代が最後だったので、本当に懐かしい気がしますよ」
 と言ってくれたので、ホッとした翔子だった。
「学生時代が最後って、就職してすぐに海外赴任だったんですか?」
「ええ、そうです。僕は実はハーフなんです。父親がアメリカ人で、母親が日本人なんですよ」
 とニコニコしながら言った。