小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

オーロラとサッチャー効果

INDEX|23ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

 相手の本性を見抜こうとするだけで精一杯だった。それでも、翔子が感じたことに偽りはないだろう。しいていえば、翔子が思っているよりもさらなる欺瞞が隠されているかも知れないという思いこそあれ、二人に同情的な思いを抱くことはありえないと思ったのだった。
――昔行った、宗教団体を思い出すわ――
 翔子は、入信することもなく、一度連れて行かれただけで、それだけのことだったが、その時の印象は覚えていた。
 当時は、こんなにも記憶の中に残ってしまうことだなどと想像もしていなかった。教祖らしき人がいて、説法を施していたわけでもないし、宗教団体らしい儀式を見せられたわけでもない。ただ、会場で信者と思しき人たちが、思い思いに会話をしていただけだったのだ。
 ただ、それがまるで隠れ蓑のようなものだと思ったとすれば、欺瞞に満ちた男女の、女の方に宗教を感じさせる匂いがあるように感じさせた。
 だからといって、この女が何かの宗教に属しているというわけではないだろう。どちらかというと、この男の方が、宗教に属していそうな雰囲気がある。
 それは洗脳されやすいという感覚があったからで、
――本当に宗教団体に属しているのかも知れない――
 とも感じさせた。
 二人の男女の思惑とは別に、翔子の彼は震えが止まらなかった。
 翔子はそんな彼を見て、どうしていいのか分からなかった。二人の男女が去っていく姿を見ながら、それまで想像した二人の関係を、自分が彼の目から逃れるためであることに気づいたのは、二人が視線から消えてからだった。
 取り残された彼と翔子は、自分の居場所がどこなのか、まったく分かっていなかった、特に罵声を浴びせられた彼は、自分が何者なのかすら分からないほど、狼狽しているのではないかと思ったほどだ。
 翔子は翔子で、
――彼にどう接すればいいのかしら?
 という戸惑いに身を任せるしかなかった。
 相手がどのような態度を取ってくるかで、自分の態度も決まってくる。完全に自分主導ではいかない状況になっていたのだ。
 彼の体温が伝わってくるほど、興奮状態にあるのは分かっていた。
――このまま何も言わずに、今日は別れてしまった方がいいかも知れないわ――
 とすら思ったほどで、彼がどう出るか、それを待っているだけだった。
 彼は彼で、必死で平常心を取り戻そうとしていたに違いない。彼は実直なところがあり、それが不器用に見えて、
――まるで子供のようなところがある――
 と感じたのが、彼への好感の第一歩だったのを思い出していた。
 しかし、こんな状況になった時、彼がまわりのことを見る余裕などあるのだろうかと思うと、不安以外、何ものもないような気がしていた。
 案の定、彼はしばらく何も言わない。放心状態が続いていたが、翔子の方も、そんな彼を見続けるには限界があった。
 電車が自分たちの降りる駅に到着して、
「さあ、着いたわよ」
 と翔子が彼を促すと、彼はスックと立ち上がり、無言で出口に向かった。
 足取りは普通だった。
 よろけている様子もないし、放心状態に見えても、足取りだけはしっかりしていたのが、せめてもの救いに感じられた。
 しかし、足元が安定しているだけに、その時、彼の中で何らかの結論が出ていたような気がする。
「ごめん、俺、これ以上今日は一緒にいるのが辛いんだ」
 と言い出した。
 翔子は救われた気がした。
「ええ、いいわよ。好きなようにしていいのよ」
 と言って、下を向いていた目を彼に向けると、彼は熱くなった目頭を抑えるかのようにして、涙を堪えていた。
 目線は翔子の方を向かず、しっかりと前を向いている。
――どうやら、彼の中で一つの結論が生まれたようだわ――
 と思い、
「今日は、ここで別れましょう」
 と言って、彼の顔を見た目を、また下に逸らした・
「悪いな。そうしてくれ」
 と言って、彼はその場を足早に去っていった。
 翔子は、その日、不本意ながらそのまま帰宅したが、翔子の方としては、彼が取った態度で救われたと思ったこともあり、不本意だとは思わないようにした。
 彼からは、しばらく連絡がなく、
「ごめん、やっぱり俺、翔子と付き合えないや」
 というメールが来て、そのまま翔子は返事を出すこともなく、二人は破局するに至った。
 何とも後味の悪い別れ方にはなったが、翔子の中では分かっていたことのように思えた。彼からすれば、
「性格の不一致に気がついた」
 ということなのだろう。
 実は翔子の方も、あの日に性格の不一致は分かっていたような気がする。ただ、自分から別れを告げるという気にはならなかった。何といっても理由がなかったからだ。
 彼を情けなく思ったというのも本当だし、情けないと思いながらも、しょうがないところがあるという擁護の気持ちがあったのも事実だ。
 しかし、その矛盾した二つが翔子の中にある以上、自分から別れを切り出すことは不可能だと思っていたのだ。そういう意味では相手から別れを切り出されたことは、ちょうどいいタイミングでもあったのだ。
 翔子は、ホッとした反面、彼と付き合っていた時期のことを思い出していた。
 初めて付き合った男性であったが、男性と付き合うということをあまり想像したことのなかった翔子にとって、男性との交際とは、
――こんなものなんだ――
 というくらいの思いしかなかった。
 だが、一緒にいる時は、間違いなく楽しかった。まわりが自分たちを見る目が羨ましく感じられたのも、翔子の自尊心を高ぶらせることができた。自尊心を高ぶらせることの快感を知ったのは、この時が初めてだったので、彼にはそういう意味では感謝に値するものがあった。
 ただ、自尊心が快感に繋がるということを知ったのは、本当にこの時が初めてだったのだろうか?
 正確に言えば、
――知ったのが初めてであって、無意識に感じていた時期は今までにもあったのかも知れない――
 と感じていた。
 おちろん、確証があったわけではない。元々、自尊心という意識は、小さい頃からあった。ただ、それが快感に繋がることがなかったのは、そもそも快感というのがどういうものであるのかということが分からなかったからだ。
 翔子は彼との別れを思い出しながら、自分が彼を見下していたことに気がついた。彼に最後、別れを切り出させたのも、きっと彼が、翔子に見下されていることに気付いたからなのかも知れない。翔子は相手を見下すことで自分の目的を達成したことを意識していた。そして、
――これが私の本性なのかも知れない――
 と感じたのだった。
 そして、そんな彼が交通事故で亡くなったという話を聞かされたのは、就職してからすぐの二年前のことだった。

                上下対照

 翔子は、オーロラの夢を見てから数日後、彼女の会社に一人の男性が赴任してきた。
 彼は、北欧のフィンランドに一年間赴任していたとのことだが、思ったよりも色が黒い人で、
――どこかで会ったことがあるような気がする――
 という、一種の親近感があった。
――そうだわ。以前付き合っていた彼だわ――
 二年前に自殺したという彼、その人に似ていたのだ。