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オーロラとサッチャー効果

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 最初から甘い言葉に乗せられてやってきた自分も自分だが、誘っておいて、置き去りにしてしまう相手のことを誰が考える必要などあるというのか。それほど翔子はお人よしではなかった。
 むしろ、人に対してそんなに甘い方だとは思っていなかった。ただ、おだてに乗りやすいことで、利用されることが多いのだが、利用されたとしても、自分の気分が悪くならなければ、それはそれでよしとしてきた翔子だった。
 それがまわりを増長させるということに、それまでの翔子は意識がなかった。分かってはいたのかも知れないが、
「だから、何?」
 とでも言いたげだった。
 それこそ上から目線なのだろうが、本人には意識はない。ただの開き直りだとしか思っていなかったのだ。
 短大に入ってまで、暗いイメージを残したくないという思いは結構強かったはずだ。高校時代に自分を知っている人が誰も同じ大学にいないことも、翔子にはありがたかった。
 しかし、元々の自分の性格や、それまでに培われてきた、まわりから見られている印象、いわゆるオーラと言われるものを変えることは、そう簡単にできるものではないだろう。
 そんな彼と話が合うなど最初から思ってもいなかったので、話の共通点が持てたことは正直戸惑った。
――そんな、どうしよう――
 本当なら、相手に引かれて、その勢いを利用してこの場を立ち去るつもりだっただけに、完全に計算が狂ってしまった。
 翔子はそれでも、もっとマニアックな話を続けて、話の上でも相手に負けたくないという思いを持ち、自分の自尊心を最高にまで持っていこうと思った。
 それでも、彼のハードルは想像以上に高く、彼の話はもはや「オタク」の部類に近かった。
――じゃあ、私も話が合うということは、私も彼に負けず劣らずのオタクということになるのかしら?
 と感じた。
 そして、そう思って彼を見ると、彼の満足そうな表情がまるで勝ち誇ったように思え、癪に障ったのだ。
 翔子は、この場から立ち去りたいなどと思っていたことも忘れて、何とか彼に会話で勝ちたいと考えるようになり、自分も普段なら決して話をしようとも思わない自分の中でもかなりのマニアックな話だと思っていることを惜しげもなく口にした。
 すると、さらに彼は満足そうな顔をして、話を盛り上げようとする。
 彼がすべて、翔子の話に賛成であるならば、翔子も彼を突き放すこともできただろう。相手がこちらに話を合わせようとしているのだと悟るからだ。しかし、彼は翔子の話にすべて賛成するというわけではない。むしろ反対意見をたくさん持っているようだった。
 それだけに会話に膨らみがあり、話に花が咲くというものだ。
 翔子はそのうちに、彼の意見に引き込まれている自分に気がついた。
――どうしちゃったのかしら。私―-
 今までの自分からは信じられなかった。
 マニアックな話は自分の専売特許で、相手に立ち入る隙を与えることもないだろうと思っていただけに、戸惑いが自分にとってありがたいことなのか、それとも悔しさを醸し出すだけに終わってしまうのか、想像もつかなかった。
 しかし、結局は普段押し込めてきた考え方を表に出すというのは、それまで抱えてきたはずの無意識のストレスを発散させることになり、自分が人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していたことを、表から見る立場として、初めて分かった気がした。
 だが、その思いを嫌だと感じるわけではない。それも翔子の望んでいた自分だったからだ。その思いを知らなかった今までが、自分にとってなんだったのかを考えさせたこの男性に、翔子は次第に興味を感じるようになっていった。
「翔子さんって面白いですね」
「いえいえ、あなたの方が興味深い話をしてくださる」
 と、言葉を返したが、これは本心からだった。
「僕の話を興味深いなんて言ってくれた人、翔子さんが初めてです」
「私も、自分と同じような発想を持っている人がこんなに身近にいるなんて想像もしていませんでした。でも、同じ発想を持っているとしても、賛成なのか反対なのかは別問題ですよね。でも、反対意見を戦わせることでお互いにそれまで考えたこともなかったことを考えるようになれることに、私は興味深いと思ったんです」
 彼とはそんないきさつから、交際するようになった。
 ただ、お互いに彼氏彼女だという思いがあったのかどうか、定かではない。少なくとも翔子は彼に対して彼氏だという意識はまだ持っていなかった。
 時々待ち合わせて、どこかに遊びに行くという程度の付き合いだったが、
「それを交際しているっていうのよ」
 と、言われると、
「そうなんだ」
 と、まるで他人事のように感じる翔子だったが、デートと言っても、お互いに洒落た場所を望むわけでもなく、遊園地や植物園などの郊外施設に行ったりする程度のものだった。
「中学生のデートじゃないんだから」
 と言われるが、今までお互いに交際をしたことのない男女のデートなど、これくらいの初々しさがちょうどいいのではないだろうか。
 しかし、別れというのは、突然やってくるもので、翔子も彼も、まったく想像もしていなかったに違いない。
 それまでの彼は、喜怒哀楽をあまり表に出す方ではなく、逆に言えば、
――何を考えているのか分からない――
 と感じる時が結構多かった。
 遊びに行く時も、待ち合わせしてからどこに行くか決めるといういい加減さもあったが、翔子はそれを気にすることはなかった。むしろその時の精神状態によって、最初に決めていた場所に行くのが辛く感じられることもあるだろう。しかも、お互いに喜怒哀楽を表す方ではないので、その時の心境を思い図るのは難しかった。
 しかも、翔子の場合は、自分が人に気持ちを悟られることを嫌がる性格だったので、自分も無意識に相手の気持ちを悟ってはいけないと思うようになっていて、いざ相手の気持ちを考えようとした時、自分でストップをかけてしまい、考えたつもりになって、結局考えられなかったことを、自分が相手を深く考えていないという理屈をつけてその場を収めるように努めていた。
 その日は、朝から彼の様子が少し違っていたのに気付いていたが、なるべく相手の気持ちに触れないようにしていたことで、翔子も彼に対してどこかぎこちなく感じていたようだ。
 しかも、その日に限って、約束に遅刻したことのなかった翔子が、遅刻をしたのだ。
 もちろん、それなりの理由があったのだが、翔子は言い訳をしたくない性格だったことで、その場をごまかすよりも、先に進めることを優先してしまったことが、少し彼の頭の中で、カチンとくる思いにさせてしまったのかも知れない。
 その日は、電車に乗って、郊外の遊園地に行くことにしていた。それは珍しく最初から計画していたもので、もし、最初から計画していることがなければ、二人の間の不協和音のせいで、そのままその日はデートをせずに終わったかも知れない。
 そんなことになれば、二人の溝は決定的になり、坂を転げ落ちるようにそのまま別れてしまうことになると思った。
――予定があってよかったわ――
 と翔子は考えたが、やはり不協和音が漂っている様子に変わりはなく、何か打開するものがなければ、雰囲気としては最悪だった。