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短編集41(過去作品)

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 人に染まりたくないという考えは、高校時代までと変わっていない。すべては自分に自信のないところから来ていること。それまで友達を増やしたのも人の意見を聞きたかったからに違いない。しかし、大学の三年生を過ぎる頃には、一人でいる時間が増えてきた。
 大学を卒業して社会人になると、確かに大学時代とのギャップに苦しんだ時期があった。
 入社した会社は数人の大卒者を採用したが、
「学生気分が抜けてない連中が多い」
 と上司や先輩に言われている中、竹下自身、
――僕はそんなことはないだろう。きっと他の連中が言われているんだ――
 と思っていた。
 就職試験を受ける頃は皆がライバルだという意識があり、ピリピリした雰囲気があったが、入社してしまえば皆同僚である。それは大学入学に似ていて、同じ大学に入ってしまえば皆友達という意識を持っていた自分を見ているようだった。
 その頃が悪いというわけではないが、やはり大学と会社は違う。入社前であっても入社してからであってもライバルには違いないのだ。いや、むしろ入社してからの方があからさまに上司からは査定の目で見られるのである。それを意識しなければ、苦しむのは自分なのだ。
 そんなことは百も承知のはずだが、では具体的にどうすればいいのかが分からない。分からないだけに自分に自信を持つことができずにいる自分も情けないと感じていた。
 自分に自信が持てないのは確かに持って生まれた自分の性格もあるだろうが、もう一つの大きな要因として大学時代に付き合っていた女性にも起因している。
 大学二年の頃だったか、アルバイトで知り合った女性と数ヶ月付き合っていた。元々静かで落ち着いた女性が好きな竹下は、最初から彼女を気にしていたのだ。
 アルバイトが男女とも数人いるようなところだったが、やはり次第に気の合った者同士が集団を作る傾向があるようで、男女二、三人が一つのグループを形成していた。皆饒舌な連中で、言葉の噛み合いもうまく、会話が弾むのも当たり前に見える。
 大学入学当時なら自分もその輪の中に入っていたことだろう。だが、決して輪の中心になろうということはしなかった。それを控えめな性格だからだと思っていた頃で、絶えず無意識にだが、人を観察しようとしていたに違いない。
 そんな時に気になったのがいつも大人しく遠くに一人でいる女性、名前を静子という。名前からして控えめで目立つことを絶対にしないように感じるが、見た目もそのままだった。色白で、髪型もストレートで、どこにでもいるタイプの女の子だった。
「私、小学生の頃から目立たなくて、皆から石ころのように思われているの」
 静子は話しかけてすぐにそのことを話してくれた。どうやら男の人から話しかけられたことなどなかったようだ。
――確かに話しかけにくいわな――
 話しかけるかどうかの判断は、会話になるかならないかで決まる。見た目、会話にならないだろうと思えば話しかけることはしない。なぜなら、話しかけて相手から期待しているような内容の返答が返ってこないというのは、梯子を使って上った屋上で、誰かにその梯子を外されて置き去りにされたような気分になってしまうからだ。もちろん、梯子を外したやつが一番悪いのだろうが、そんな状況になることを分からなかった自分への自己嫌悪が顕著に表れるのだ。
――でもどうして話しかけようと思ったのだろう――
 ピンと来るものがあったのだろうか。自分でも分からない。ただ、その時に話しかけなければしばらく後悔する気がして仕方がなかったのも事実である。結果的に屋上で置き去りにされることになったとしても、その時に話しかけずに後悔するよりもいいと感じたからだろう。
 実際に話しかけると静子は謙虚だった。
――謙虚という言葉は彼女のためにあるんだ――
 と感じたほどで、石ころと言われても話しかけてよかったと感じていた。
 しかし、静子の謙虚さには病的なのがあった。
「彼女を見ていると、吸い込まれそうになる時があって怖いんだ。お前よく彼女と話が合うよな」
 とバイト仲間に言われたことがあったが、
「放っておけよ。本人がそれでいいんだからな」
 と、他の仲間が話に入ってくる。その言葉が気になってしまった。
 最初の仲間に対しては、その後から話に加わった仲間の言葉がなければ、
――大きなお世話だ――
 と思ったことだろう。だが、その後の言葉で少し自分がまわりからどのように見られているかというのを痛感させられたような気がしたのだ。
「説教もされているうちが華だぞ」
 と高校の頃の先生が話していた。見込みのないやつには誰も何も言わなくなるということなのだが、大きなお世話だと思っているうちが華で、「放っておけ」という言葉が出た時点で、我に返ったのは高校の先生の言葉がその瞬間に出てきたからだ。その時はさすがに何も言い返すことはできなかったが、次第に静子に対しての見方が変わってきたのは言うまでもない。
 静子への見方が変わってくるということは、同時に自分に対しての見方も変わってくるということを示している。
――謙虚だと思っているところに病的なイメージを植えつけられた――
 きっと自分以外の人は皆そう感じていると思うと、自分もそういう目で見ないわけにはいかない。後悔をしたくない一心で話しかけたので、もちろん話しかけたことに対しての後悔はないが、うまく行っていた二人の関係が一気にぎこちなくなってきたのも当たり前というものだ。
 それはお互い様だろう。静子の相手を観察する力というのは、竹下が想像しているよりもはるかにあるようだ。じっと静かに人を観察してきた彼女は、ちょっとした相手の変化にも敏感に反応する。それだけに我に返った竹下の気持ちなどお見通しになっていたようで、別れまでは梯子を外された屋上から、一気に急落下するかのごとくであった。
「この変が潮時なのね」
 静子は冷静に語る。
 今まで男性と付き合ったことがないと言っていた静子、おそらく嘘ではないだろう。しかしこの落ち着きは一体何なのだろう? どこから来るのか分からない。今までにも何度も男性と別れてきたように見えるのは、ひょっとして竹下自身がそれまでに付き合ってきた女性との別れを思い出しているからだろうか。
――今まで女性とどんな別れ方をしてきたのだろう――
 その時はまったく思い出せなかった。数人と付き合ってきたが、別れ方にはパターンがあったように思う。それはきっと、
――好きになる女性のタイプがいつも同じだからだ――
 ということで片付けてきたが、静子との別れも、突き詰めれば同じパターンに思えてくる。
――結局、成長していたとしても好きになる人のタイプが変わるわけはないので、別れる時は前のことを思い出すに違いない――
 と感じるのだ。
 大学を卒業し社会人になって、覚えることがたくさん増えると、時間が経つなどあっという間だった。その時々は長いのだが、思い出すとあっという間にしか感じない。仕事に明け暮れた毎日であったことには違いないが、それを乗り切れたのには理由もあった。
――そういえば、今まで必ず誰かそばに女性がいてくれたな――
 と思うからだ。
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次