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短編集41(過去作品)

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 と感じることもある。目の前に広がっている光景、昨日見た水平線よりも狭く感じる。確かに壮大な光景を目の当たりにしているはずなのに、まるで絵に描いた風景のように感じるのは、空の色がグレーだからであろうか。
――グレーという言葉、どちらとも取れる時に使う言葉だな――
 漠然と考えていたが、空と雲の境目が分からないほどのグレーは、今までに感じたことのないほどのものだった。
「ここには今までに何人かの大人の人に連れられて来たことがあるんだけど、皆同じ瞬間の同じ時間に見ているはずなのに、違う色に見えるみたいなんだ。実に不思議な場所でね。その時は夕方だったので、夕日だったんだけど、赤く見える者、黄色く見える者、さまざまだったんだよ。僕もその時々で見える色が違うんだ」
「じゃあ、夕日を見にまた後で来たいものだね」
「そうしよう」
 目の前に広がった光景は、今までに見たこともないはずである。しかし、グレーな雲が風に流れているのを見ていると、以前にも見たことがあるように思えてならない。夕方訪れるつもりであるのに、後ろ髪を引かれるような思いで見つめているのはなぜなのだろう?
 砂浜に出かけ、釣りを楽しんでいる時には、グレーに見えた光景を忘れていた。やはりあの場所で見るからスケールを感じるのであって、一旦離れてしまうと、記憶に残らないもののようだ。
 夕方までたっぷりあったはずの時間だったが、後から考えればあっという間だったように思う。それだけ待ち遠しかったと言えなくもないが、裕也が、
「よし、夕日を見に行こう」
 という言葉を待ちわびていた。
「うん」
 心なしか顔が火照って感じる。寒さの中で指先の感覚がなくなってくるほど時間が経っているにもかかわらず、長く感じることのなかった時間、それだけ待ち遠しかったのだ。
 釣り道具を宿に置いて崖に向う。
「夕日が沈む瞬間よりも、その経緯も一緒に見る方が醍醐味を味わえるぞ。暖かい恰好をして行かないとな」
 カイロを懐やポケットに忍ばせ、手ぶらで出かけた。歩いているうちに風が強くなってくるのを感じたが、じっと見つめる断崖になっている磯が、最初に見たよりも高く感じるのは気のせいだろうか。
 ただ、断崖のてっぺんに行くまでに感じた思い、それは朝最初に向った時とまったく同じで、今も朝ではないかと錯覚を覚える。夕日と朝日の方向は違うはずなのに同じような感覚を感じるということはそれだけグレーに染まった雲の印象が大きいことを示している。
「おや?」
 朝は気付かなかったが、断崖から少し離れたところに木が一本植わっているのに気がついた。砂地の少ない断崖で、木が植わっているなど珍しいことなので、どうして朝気付かなかったのか不思議でならないが、それだけ断崖のてっぺんに意識が集中していたに違いない。
 断崖を歩いていくにつれ、海が見えてくる。夕日に染まった海である。風が強いにもかかわらずそれほど海が荒れていないように見えたが、絶壁にあたる波が強く押し返されているのは音を聞いていれば分かることだった。
「あの木は桜だろうか?」
 呟いたが、風の音で声が掻き消されたのか、裕也からの返事はない。木の感じからすると明らかに桜の木だ。
――こんなところに桜の木が生えているなんて――
 不思議で仕方がなかったが、それ以上裕也に聞いてみようとは思わなかった。
――ひょっとして見えているのは自分だけかも知れない――
 と感じたからだ。
 人に話してしまえば、せっかく見えている桜の木が消えてしまいそうで、誰にも喋ってはいけないと思った。もっとも誰に喋ることもないだろうが……。
 断崖のてっぺんまで行って、崖の下を恐々と覗いてみた。案の定、波は断崖に打ち付けられ、激しく打ち返されている。勇壮な光景であるが、それほど珍しいものではない。
 少しずつ視線を夕日に向けて遠ざけていった。夕日が無数の波に反射して、歪な形を映している。乱反射の影響だけではないだろうが、真っ赤な夕日が波の上では黄色く見えている。夕日の後ろに後光が差したように照らされる空は、厚い雲に覆われたグレーとは打って変わって、真っ青である。雲ひとつない空でしか見ることのできない真っ青な色を、真っ赤な夕日のまわりで見れるのだ。
 これにはさすがにビックリした。
――まるで吸い寄せられるような真っ青な空――
 こんな表現を雲ひとつない空に感じたことがあるが、今真っ青に染まった空に吸い寄せられそうなのは夕日だけである。
 しかし、その思いに逆らうかのように夕日は次第に水平線に消えていく。真っ青な空も夕日を追いかけるように落ちていくが、完全に夕日が水平線に消えてからでも、真っ青な色だけはしばらく残っていた。
 グレーに見えた空が次第に真っ青に変わってくる。だが、その真っ青もあっという間のことで、夜の帳が襲ってくると、後は暗黒に包まれるだけだった。
「行こう」
 裕也の一言がなければ、水平線の境目が消えるまで見続けるところだった。
――危ないところだったな――
 そんな時間まで見つめていれば自分が自分ではなくなる気がしていた。
 その日の夜は、ハッキリと夢見たことを覚えている。覚えているといっても一つだけなのだが、それは絶壁で見た桜の木のシルエットだった。
 向こう側には夕日が見えている。厚い雲に覆われた空はオレンジ色に染まっていて、明らかに実際に見た光景とは違っていた。夢を見ている時に実際見た光景を覚えていたわけではなかったが、
――何かおかしいな――
 という気分にはなっていた。最初はどこがおかしいのか分からなかったが、
――そうだ、色が違うんだ――
 と感じたのは、オレンジ色に燃えている雲の流れを見た時だった。
 自分が感じた色は黄色だった。そして厚い雲を見ていて感じたのはグレーだった。だが、今夢として見ている光景は、記憶の中で色を覚えていなければ何ら不思議のない自然な色である。逆に記憶している色の方が不自然である。
 確かに厚い雲に覆われていればグレーに見えるだろうが、空と水平線の分け目が分からないほどのグレーなど、実際にありえるものではない。意識の中で
――実際に見たのだから、それが真実だ――
 と思い込んでいるから不思議のないものに思うだけで、夢としてオレンジ色を見てしまうと、やはり、実際に見たものであっても、おかしなものであるに違いない。
 だが、黄色く感じた思いはおかしいと思いながらも、記憶の奥に焼きついてしまっているように思う。オレンジ色に見える夕日を見たのだって、きっと黄色く見えた水面をさらに意識させるために見たのかも知れない。ただ、唯一違わなかった光景は、最後に見た桜の木であった。
――夕日に浮かび上がってシルエットとして写った桜の木――
 これは一体どういうことなのだろう?
 中学生の頭で、いろいろ想像はできても、一つに纏めることは難しい。それだけいろいろ発想が浮かんできては消え、時間だけがいたずらに過ぎていった。気がつけば空が白々としてきて、朝を迎える時間であった。分かってはいたが、気がつけばもう一眠りをしていたようだ。
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次