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短編集41(過去作品)

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 遠くに見えたり、近くに見える雫橋だったが、ゆっくりと近づいてみる。やはり距離感は曖昧な感じがするが、今度は先ほど電車から見えた入り江の光景が目に浮かんできた。
 湾曲した入り江になっていて、そのまわりをグルリとまわるように電車は走る。最短距離を一番長く走ったような感じだが、入り江になった海をすべての角度から眺めながら走ったことになるのだ。
 一つの海をグルリと円を描くように見るなど、もちろん初めてのことで、この路線をずっと使っている人にはピンと来ないかも知れないが、初めての砂原にとっては神秘的に見える光景だった。
 初めてであっても、何も感じない人には、本当にただの風景としか思えないかも知れない。それだけ単調な風景だったことは否めないが、砂原にとってはグルリと一周する間に何かを思い出そうとして必死だったことが窺える。
――何かをイメージできるんだ――
 と考えながら入り江をじっと見ていた。電車が一周するまでにそれが何であるか発見したくて仕方がなかった。一周し終わって、入り江から抜けてしまったら、二度と入り江のイメージを思い浮かべることができないのではないかとさえ思えたからだ。
 入り江に入っては、太陽がまともに当たっていた。海に波がないにもかかわらず、綺麗に波紋が広がっているのが見える。それはまるで以前に行った鳥取で見た砂丘のようだった。風が吹くと砂埃が上がるが、綺麗に年輪のように刻まれた砂紋には、まったく影響を及ぼすこともない。
 砂の魅力に取り付かれた時期もあった。滝のように自然の力をマジマジと見せ付けられるものではないが、長年掛かって作り上げられたもののすごさを感じることができる。滝が「動」なら、砂丘は「静」なのだ。
 ゆっくりと電車が反対方向に回りこんでくると、今度は太陽を背に受けることになるのだが、回り込んでいくうちに、自分の感じたものが何であるか分かってきた。
 この雫橋を囲む環境には「動」と「静」が共有している。今までにいろいろ行ったことのある土地にもあったのかも知れないが、これほど意識したことはない。
――メビウスの輪だ――
 ふと気付いた。
 一本の紙に線を引いて、途中で一回捻って輪を完成させる。すると、引いたはずの線が重なるというもので、本来であれば捻っているのでありえない。これは異次元に通じるものだということで、昔から神秘的な現象の代表格として位置づけられているものだ。
――あくまでもイメージなのだが、最初に見てからずっと中心部を見続けているにもかかわらず、出てきたところから最初のところを見ると、距離的なものや、感じていた入り江の雰囲気がかなり違ってきていることに気付く。そのことが入り江を見ることで感じるメビウスの輪を思い浮かばせるのだった。
 メビウスの輪で気付いた距離感の違い。それが雫橋を見ていての微妙な距離感の曖昧さに繋がっているように思えてならないのだ。
――雫橋には足を踏み入れてはいけないのだろうか――
 と感じ始めてはいたが、伝説からの臆病風だけなのかも知れない。確かにここに来るまでにいろいろなものを見たことで気持ちがぐらついているのも事実だが、元々考え始めるときりがない性格なのだ。今までにそれで何度苦汁を舐めたか分かったものではない。
 しかし考えていても仕方がない、近づいていくうちに曖昧な頭に何か一つの結論が生まれてきそうな気がするのだが、それが却って少し足を重くする原因にもなっている。
 足に重たさを感じると、さっきまで遠くにも見えていた雫橋が急に近づいてくるのを感じる。
――もうすぐだ――
 と思うのだがなかなか辿り着けないやるせなさ、橋のたもとに近づけば近づくほど、誰かの視線を感じてしまうのだ。祠を通り過ぎてから歩くうちに、橋がさらに真っ赤に光っているのがハッキリとしてくる。
――まるで血の色だ――
 最初から血を意識して真っ赤に染めたようにも思えてきた。
――真っ赤だったら、鮮血が飛び散っても、目立つことはない――
 そう思って見ていると、次第に雫橋が大きく見えてきて、実際にすぐ近くにいて、足を踏み出せば橋に掛かるほどの距離に来ていた。
 視線は橋の赤い色に釘付けになっている。綺麗に塗り込まれた色だと思っていたが、よくよく見ると斑になっているのが分かってくる。
 そこで一つの発見をしたような気がした。
――そうか、ここはずっと誰かが整備してきたから、真っ赤な色が綺麗に残っているのではないのだ。人の鮮血によって作られた真っ赤な色が、永遠にこの橋を染め抜いているのだ――
 と感じた。それはまるで無念のまま理不尽な状態で命を落とさなければならなかった人々の怨霊とでもいうのだろうか。
 さっき電車から見えていた赤い服の女性、彼女に導かれているように感じた。彼女はきっとこの橋に理不尽を感じて亡くなった人で、この橋への道先案内人のような役割ではないだろうか。夢のような話だが、ここまで来ればそれ以外のことは考えられない。
 足が雫橋の上に掛かると、身体全体が重たく感じた。
――以前にもどこかでこんな感覚を味わったことがあったな――
 と感じるのが早いか、身体が重たく感じるわりには、橋の中央にやってくるまでに、それほど時間が掛からなかった。
 橋の中央までくると、橋の欄干に手が掛かり、真下を流れる川を見下ろした。
――この川は、先ほどの滝つぼから流れてきたものなのだろうか――
 思わず上流に目をやるが、あれほどの力強さを感じることはできない。しかし、川の流れには小さな波紋ができていて、またしても砂丘で見た砂紋が思い出されてならない。
 一つの紋がまるで年輪のように思え、川の流れが速かろうが遅かろうが年輪の数は決まっているのだ。刻まれた数に決まりがあるのは、どれほどの年数をこの川が見てきたかを示しているようで、橋から見下ろしていると、却って川の中から無数の人に見つめられているような錯覚に陥るから不思議だった。
 一つ一つの紋を見つめていると時間の感覚など最初からなかったかのごとく、麻痺した状態が続いている。
――ずっとここにいたと言われれば、そうだったと思うかも知れない――
 じっと波紋を見ていたが、頭を上げ、正面を向いた。その先に見えるものが、本当に目指す先であることに一瞬の疑問を感じた。疑問が戸惑いに変わると、不安になってくる。もう一度来た方を見てみた。
――このまま進んでもいいのだろうか――
 という疑問だったが、来た方を見ると不安が的中したかのように思えたのだ。
――そんなバカな。どっちを向いても同じ光景ではないか――
 どちらに進めばいいのか分かるはずもない。実際に目の前にした光景が、とても自分にとって、想像の許容範囲をはるかに超えている。自分だけではないだろう。誰だって同じ現象を目の当たりにすれば、すべてが信じられなくなるに決まっている。確かにここに来るまでに聞いていた伝説にいろいろな思いを巡らせ、十分な伏線はあったはずだが、実際に橋の上で考え込んでしまっては、今までの伏線も何の意味もなさない。
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次