短編集41(過去作品)
しかし、それでも予備知識としては十分で、時間が経って冷静になれれば、何かが分かってくるだろう。しかし、分かってくることが、本当にいいことなのだろうかという不安を払拭することもできない。
もう一度、歩いてきた道と、これから目指す道を見くらべてみる。最初に見た時は、これから行く道が、両方に見えていたように感じたが、そんなバカなと感じたあと、
――もう一度見てみよう――
という思いにたって見てみると、今度は来た道が両方に広がっている。今いるところは間違いなく橋の中央なのだろう。来た道に感じた距離と、これから行く道に感じた距離とはまったく同じであるからだ。
――そうだ、ここは折り返し地点なんだ――
何が根拠なのか分からない。だが、今まで感じてきた力強い滝のイメージ、ゆっくりとした波に現われた紋、それらは折り返し地点に立つことの暗示だったように思えてならない。
「動」と「静」の両方を感じた上で、橋の上で折り返し地点に差し掛かった。
折り返し地点と考えると、頭に浮かぶのはこの街の入り江がメビウスの輪のように見えたではないか。あれこそ、きっとどこかに折り返し地点があって、今まで不思議とされていたことも、折り返し地点の存在によって、謎が解けるのではないかとも感じられる。
――今まさに人生の折り返し地点――
と言えなくもないが、
――折り返し地点が何度あってもいいのではないか――
と感じさせてくれる。
今までに感じたことはなかったが、感じてみると実に当たり前のことのように思える。そう考えながら川を見ると見えている紋がすべて折り返し地点への伏線ではないかと感じさせるのだ。
――ああ、そうか――
ここでの伝説が事実かどうか分からないが、伝説の中にあった曖昧な殿様の死、それは滝に身を投げたように思えてならない。遺品が見つかってはいたが、滝に飲まれたのだとすれば、それを証明する術があるわけない。だからハッキリと分かっていなかったに違いない。
そしてもう一つハッキリとしていること、それは、なぜ橋が綺麗かということである。確かに鮮血を浴びて綺麗に光っているのかも知れないが、時代が逆行しているように思えてならないのだ。
それは橋の上だけで考えられること、そう、すべてが橋の上では折り返し地点なのだ。橋の上を歩いた人はそこで自分の折り返し地点を感じる。それによって、橋も折り返すのだ。そして、時代を逆行している、この橋だけが……。
信じられないことだが、だからこそ、伝説が自分の中でハッキリしてくることを感じる。橋を超えると、また元の自分に戻るのだが、橋はずっと逆行し続けるだろう。
――できた当初に戻った橋はそれからどうなるのだろう――
雫橋という名前の由来、その形から考えてみた……。
( 完 )
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次