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短編集41(過去作品)

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 どちらも証拠はないが、信憑性はある。冷静に考えれば時代からして封建的な考えではすべからく当然のことでもある。すべてが嫌になるのも仕方のないことだろう。
 噂が噂を呼び、下手をすれば殿様の天下で終わってしまう。そんなことを憂いたのかも知れない。
 とにかくもうこの世が嫌になった。
――生きていて生き恥を晒すよりも、あの世であの人と一緒になりたい――
 女性としては当然の考えだったに違いない。
 ただ気になるのは自分の肉親だった。肉親が自分の死を悲しまないわけがない。それだけが心残りで、結局すぐには死を選ぶことはできなかった。それだけ彼女は考え方がしっかりしていて、しかも冷静だったのだ。
 そして彼女の思いはそれほどこの世に対して強かったのだろう。彼女の死からしばらく雫橋のたもと付近で人が死ぬことが多くなった。
 しかも手を下すのは殿様で、いわゆる無礼討ちと言われるもので、当時とすれば特権だったのだろうが、それにしても目に余るものがあったらしい。
 さすがに側近たちも恐ろしくなって、
「殿はいったいどうしたんだ? ご乱心なさっているとしか思えないぞ。これでは我々だっていつ理不尽なことで殺されるか分かったものではない。皆お互いに気をつけておかねばな」
 と口々に噂していたようだ。
 その後しばらくして殿様は不思議な死を迎えることになったようだ。その死については詳しくは分からない。分かっているが殿様としての立場上、明らかにできないということなのかも知れない。
 しかし、この祠はあくまでも、最初に殺された男と、世の中に悲観だけを残して自害していった女性のために作られたものだ。殿様のものではない。
――村人のせめてもの封建制度に対する抵抗なのかも知れないな――
 と思えてならない。
 祠にはろうそくが炊かれ、線香から一本の煙がまっすぐに上に伸びている。風がないわけではないのに、本当に真上に伸びているのだ。不思議に思ったが、自然に感じることができるのは、伝説を読んだのと、手を合わせてここで自害した女性のことを考えていたからに違いない。
――それにしても、誰かがさっきまでここにいて、線香とろうそくをつけていったんだな――
 と思える。線香の火がついて赤く染まっている部分はまん丸で、ついさっきつけたばかりにしか思えないからだ。目の前にある灰皿にマッチが捨てられているが、今でも煙が出ていそうなほどであった。
――男というものの本性って、誰の中にも殿様のようなところがあるに違いない――
 自分も男であるにもかかわらず、そんな風に感じるのは、きっと自分が男であることをここで改めて強く自覚したからではないだろうか。もし自分に権力があって、権力の行使を教育されてきたとしたら……。それはすべてを当然のこととして何の疑いもなく同じことをしていたかも知れない。実に恐ろしく、そして感覚が麻痺してしまうであろうと感じることだ。
 じっと見ていると橋が遠くに見えたり、急に近くに見える気がするが、きっと色に惑わされているのではないだろうか。
――何となく以前にも見たことのあるような場所――
 という気がしてきたが、そのせいもあるかも知れない。
 この場所を見たというわけではない。じっと見ていて、近くに見えたり遠くに見えたりすることが今までにもあったが、その時の風景とダブって感じるからだ。
 あれはおばあちゃんが死んだ時だったように思う。まだ小学生の低学年だったため、初めて遠くに出かけるということに対して胸がワクワク踊ったものだ。母親やまわりの人の厳粛な雰囲気に戸惑いながらも、遠くにいけることで前の日など、目が冴えてなかなか寝付かれなかったことを覚えている。
 黒い服を着て、頭を垂れながら一言も喋ることをしない。まわりの人たちも異様な雰囲気のまなざしを向けていた。
――どうしてそんな目で見られなければいけないんだろう。僕たちが何か悪いことをしたのかな――
 という程度にしか考えていなかった。
 初めて新幹線に乗ったのもその時だった。きっと、砂原は浮かれていたに違いない。まわりの目が変なものでも見るような目をしていたことに気付いていたが、却って
――それなら、もっと浮かれてやろう――
 と思ったほどだ。
 表を見ていて、遠くに見える山があった。新幹線の速さに慣れるまでは、すべてが後ろに飛んでいくような錯覚に陥っていたが、次第に慣れてくると、今度はまわりの景色が小さく見えてくる。目の前にある民家がまるで模型であるかのようで、特撮番組が好きだった砂原は、
――怪獣が出て来ても不思議のない雰囲気だ――
 と、セットされた撮影所のイメージを思い浮かべていた。
 遠くに見える山がゆっくりと動いているのが不思議だった。今までに普通に電車に乗ったことがなかったわけでもなく、田舎の田園風景を車窓から見たことがなかったわけでもなかった。その証拠に新幹線に乗って、スピードが上がって最初に見たのが遠くに見える山だったからである。
――遠いなぁ――
 と最初に感じた。しかし、そのうちに近くに感じられ、目の前で風景が忙しなく飛んでいくように見えるにもかかわらず、山だけがゆっくりと流れていくことを不思議に感じるのだ。
 近くに感じたかと思うと、今度は遠くに感じられる。さらに目が慣れてきたからだろう。
 雫橋を見ていてその時のことを思い出したのだ。
――遠くにあるわけでもないのに、どうしてそんな風に感じるのだろう――
 意識の中にある感覚が麻痺してくると遠近感を感じなくなることがある。どちらかというと低血圧で貧血気味の砂原は、小学生時代など、よく朝礼などで立ち眩みを起こして、保健室に運ばれたものだ。
 そんな時に感じる匂いがあった。セメントのような匂いであるが、一瞬鼻を突いたかと思うと、自分の意識が失われていくのを感じる。意識が朦朧としてくると、遠くのものが近くに見えたり、近くのものが遠くに見えたりするものだ。いや、同じ感覚がずっと続くわけではない、自分の意識が麻痺してくるのを感じてしまう時というのは、得てして遠近感が最初に麻痺している。
 雫橋に来る途中に寄った滝では、匂いを感じた。水飛沫が頬を切るくらいに強烈な力で叩きつける滝は、本当に吸い込まれそうに感じてしまう。音はすべてを遮って、思考能力すら鈍らせてしまう効力があるようだ。
――じっと見ていると、自分が滝つぼに落ちていく瞬間を想像してしまいそうだ――
 などという気分に陥ってしまう。そんなことがあるはずもないのに感じてしまうのだ。
 だから、滝で見たことは、その時だけで忘れてしまう。まるで夢を見た時に似ているのだ。
――覚める瞬間に、すべての夢を忘れてしまう――
 実際には記憶の奥に封印されるのだろうが、忘れてしまうという感覚が強い。思い出したくないことだけではなく、忘れたくないことほど、忘れてしまうのかも知れない。
――忘れたくない――
 と強く念じることが、夢の世界では自分の気持ちを閉じ込めることになるのだろう。だが、耳の奥には音だけがしっかりと残っていて、消えることはないのだ。
作品名:短編集41(過去作品) 作家名:森本晃次